36 disoreder
本選が始まって、5分が経った。
ステージ内の彼方此方で火花が散っている。
決して広くはない場に12人もいるため、戦況の変化は目まぐるしい。鉄がぶつかる音は絶えることなく響き、プレイヤー達のHPはドンドンとすり減っていく。
その中でも一番0に近いのは、俺であった。この調子でゲームが進めば、間違いなく俺が脱落者1人目だろう。
俺が現状最下位に甘んじている主な理由は、オーダーを実行せず、『HP上限プラス100%』の恩恵を受け取っていないからだ。12人中10人のプレイヤーはオーダーをこなし、HPが2倍になっている。しかし俺はオーダーを実行していないため、その差が今の状況に色濃く影響している。
回避・防御を第一に粘っているが、もうそろそろ限界だ。早く時間が来ないかと考えていると、後方から凄まじい速度で1人のプレイヤーが突進してきて、強烈な突きを放つ。
間一髪で突きを回避し、慌てて距離を取る。
「やぁ、どうも初めまして」
攻撃してきてプレイヤーは、回避されたことに少なからず驚きを見せた後、不敵な笑みで話しかけてきた。鋭い穿刺を放ってきたのは、日本サーバーNo.2のレートを誇るトッププレイヤー、シルバ―だった。戦場にいるとは思えないほど悠揚たる声色で、シルバ―は語る。
「以前の”暗夜皇軍”への襲撃、君も協力者の1人だったらしいね。私としてはそこまで恨みもないけれども、団長として借りは返させてもらおう」
シルベリーは地面を蹴り上げ、一閃。俺の肩を剣先が貫通した。
速い!!
動いたと思った時には、もう斬られていた。”最速”のあだ名は伊達ではない。回避に徹すればなんとかなると思っていたが、聞きしに勝る速度。
攻撃力は低めだが、防御力0の俺にとっては、手痛いダメージだ。
何度も攻撃を食らえば、いずれは速さに慣れるかもしれないが、HPが底をつきそうな今では、慣れる前に死ぬ。真っ向勝負では勝ち筋はない。
ならここは言葉を捻り出して、時間を稼いでやる。
「すげぇな!真正面にいたのに、まるで見えなかった。こんなこと初めてだ!やっぱりあんたは武力に限れば、次元が違う。少なくともこの大会の参加者の中じゃダンチだ。俺じゃあんたの足元にも及ばないだろうよ」
「褒めてくれても、何も出ないよ」
「褒め言葉じゃねぇ。皮肉だよ。ダイチが言ってただろ?『強いだけじゃこのゲームは絶対勝てない』。あんたはとても強い。とても強いだけだ。あんた、意外と脳筋なタイプだろ。このステージに隠された悪意に、まるで気付いていない」
俺の言葉を聞いて、シルバーの目つきが変わる。
「ステージの悪意?そろそろ来るだろう、ランチタイムのことを言っているのかな?それとも、君がオーダーを実行しないでいることに、逆転の秘策があるのかい?」
シルバーはそう言って斬りかかってくる。が、さっきは反応もまともにできなかったのが、今の一撃は何とか躱せる。
俺の動体視力が急激に上昇したわけでは勿論なく、シルバーの攻撃が明らかにぬるくなった。ぬるくなったにしても、気を抜いたらあっさり食らってしまうほど、厳しい攻撃だが。
『早く説明しろ。少しでももったいぶったら、キルしてやる』
剣筋からそんな圧を感じる。シルバー自身も、具体的には判っていないのだろうが、違和感を察知しているのだろう。だから俺から情報を引き出したい。
思惑通り。攻撃が緩くなるならなら重畳だ。情報を適度に蒔いてシルバ―が興味を失わさせないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「冷静に考えて見ろ。そこら中にある塩の瓶を頭に吹っ掛けるっつー、簡単なオーダーで、体力の上限が2倍になるなんて、疑問を抱かなかったのか?上手い話には、裏がつきもんだ」
「確かに不可解といえば不可解だが、根拠もないのにみすみす極上のボーナスを逃すなんて、なかなか思い切った判断だね」
「根拠ならあるさ。順番に説明しよう。HP上限が100%アップ。あまりにバフとして美味しすぎる。だが美味そうすぎて、俺はこう思った。こんなのまるで、好餌じゃないか。罠の香りがプンプンする。もしかするとオーダーをこなすことには、説明されていないデメリットあるんじゃないか?じゃあ、そのデメリットはどんなものが考えられる?推測のつくように、ヒントを散りばめられていた。喩えば、ダイチが『客であるプレイヤー達は』と言ったことを覚えているか?」
シルバーは不機嫌そうな顔で、ヒュンと突きを放った。剣の先が顔のすぐ隣を通り過ぎ、頬1枚が斬らえた。
「で??それのどこがヒントなんだ?何も不自然なところなんてないじゃないか。このステージはレストランだ。ここに招かれた俺たちを客と表現することに、不自然はない」
「その通り。俺たちが『客』であることは間違ってない。でも俺たちが客なら、奇妙な点がある。どうして客が、注文を提示してそれを実行する?注文を受けるのは、普通従業員だろ」
「オリジナルステージに、そんな細かい整合性を求めるなよ。レストランをモチーフにしたからそうなっただけで、大した意味はないだろ」
「おいおい、まだ分からないか?そろそろ時間だし、特大のヒントをやろう。このステージのタイトルを覚えているか??」
「……restaurant of many orders for berserkers」
「御名答。大した記憶力だな。でも、変だと思わないか?与えられたオーダーは『ステージ内にある塩を体に振りかける』の1つだけ。ステージ名の『many orders』ってのは不適当だ。けど日本語にすれば、答えが分かる。和訳したタイトル名は、『狂戦士のための、注文の多い料理店』」
俺が言い終えてから一拍空いて、漸く悪意を理解したシルバーの瞳孔がグッと開き、速さが持ち味のシルバーが指の1本すら動かさない。
そしてタイミングよく、まるでシルバーに有罪と宣告するように、ゲーム開始から7分が経過。ランチタイムに突入した。
レストランの上品な雰囲気とはちぐはぐな鉄扉を封鎖していた鎖が粉々に砕け、禁断の扉がゆっくりと開く。古びた扉が軋む音は、笑い声によく似ていた。
扉の中は、果てしない暗闇が広がっていた。その暗闇に、こっちを覗く青い目玉が浮かんでいた。首の後ろを触られているような、冷たい恐怖が心臓を凍らせる。
目玉が店の中を見渡すと、ふっと目を細めた。次の瞬間には、俺と戦っていたシルバーも、残っていた10名の他のプレイヤー達も、一斉に消えていた。
巨大な猫の手がプレイヤー達を掴み、扉の奥に引きずり込む光景が、うっすらとだが見えた。
いつの間にか扉は閉ざされており、厚い鉄の向こうから貪り食う音がかすかに聞こえる。
やっぱり
俺は心の中で呟く。
このステージは、俺でも読んだことのある著名な物語を題材にしている。宮沢賢治著『注文の多い料理店』だ。
物語の内容はざっくばらんにまとめると、こうだ。
山奥を訪れた2人の男性が奇妙な西洋料理店に入った。料理店は2人に、奇妙な注文を出す。沢山の注文に従ていくうちに、ここは客を食べる料理店で、出された注文は自分を料理しようとしていたと気づく。もう少しで食われそうだったが、助けに来た猟犬のお陰で、2人はなんとか無事に帰還した。
そうしてみると、『ステージ内にある塩を体に振りかける』というオーダーは、なかなか露骨なヒントだ。ボーナスに目がくらみ、気づかないのも無理はないが。
このステージが『注文の多い料理店』を模しているというのであれば、オーダーに従ってしまったことは、自分自身を料理してしまったことを意味する。
であればダイチの言う『ランチタイム』とは、自らを味付けした愚かな客を店が食す時間。ここには、駆けつけてくれる猟犬もいない。
シルバーを含むオーダーをこなしたプレイヤーは、自らの軽率な行いにより、このステージに食い殺されたというわけだ。
性格の悪いステージというダイチの評価は、正鵠を射ている。これ以上に性格の悪いステージもない。ボーナスを与える囁くそれは、プレイヤーを噛み殺すための罠なのだから。
だからこそ、最悪のゲームである『ザ・ヘル』に相応しい。ダイチが気に入るのも納得だ。
ステージの悪意により、殆どのプレイヤーが脱落した。残ったプレイヤーは、たったの2人。俺と、同じく罠に気付いてオーダーを無視したミナだけであった。




