10 evildoer
黒い鬼の金棒が、まるで大樹に惹かれる雷のように、俺へと真っすぐ落ちてきた。
間一髪のところで右に跳んで回避し、そのまま鬼の視界から外れる。俺がさっきまでいた地面は金棒により抉れ、局所的な地震が発生した。
”影踏み鬼”発動から、4分半が経過した。制限時間まで、あと30秒ほど。俺はなんとか鬼に捕まることなく、逃げ延びていた。
最初は鬼の性能を知らず、無謀にも挑むプレイヤーがいたが、3人目が無残にキルされた時点で、その場の誰もが理解した。この怪物からは逃げるしかない、と。
現在の生存者は、俺と”KPK”2人と”acシャンパン”1人。鬼は期待通り、劣勢をこれでもかというほどぶち壊してくれた。
皆が鬼から一定の距離を取り、鬼の一挙手一投足を注視する。鬼は遠くに逃げようとする奴を優先的に狙ってくる性質があるせいで、迂闊に距離を取ることもできない。
鬼はキョロキョロと首を振り、見失った俺を見つけると飛び掛かってくる。
振り下ろされた初撃を避け、続く2撃目も金棒が届かないギリギリの位置まで下がって躱す。
巨躯はとろいというゲームの御約束とは反し、鬼の敏捷性は極めて高い。攻撃範囲も広く、かなり上級のプレイヤーにとっても、攻撃を避けるのは至難の業だ。
だがしかしこと回避に於いて、一頭地を抜いている自負が俺にはある。
影魔法の呪いのせいで、俺はずっと防御力0だった。だから回避能力は、嫌でも上がる。
それとは関係なしに、俺には回避の才能があった。小学生のころ、俺はドッチボールでボールを投げることもキャッチすることもできなかったが、避けるのだけは異様に上手かった。味方が俺以外いなくなってから、5分間孤独に避け続けたことがある。最初は皆感心したが、段々と当たらない俺に苛立ちが募り、5分後からは味方からも罵倒され、俺は号泣した。泣きながら、もう5分避け続けた。
出鱈目に振り回される金棒を、危なげなく躱し続ける。
”影踏み鬼”は、あと10秒ほどで効果切れ。なんとか生き残れた。
だがまだ終わりではない。俺以外の生き残りは、3人いる。とはいえ、最初は俺以外に9人いたのを、随分と減らしてくれた。絶望的な不利から、かなり希望が見えてきた。
鬼ごっこの終わりが近づいたことで、鬼ごっこのに意識が向く。これが命取りとなった。
鬼が急に妙な動きをしたかと思えば、俺に向かって金棒を投擲する。
これまでは金棒を振り回すだけだったのが、ここにきて自ら武器を手放す未知のモーション。まさか、”影踏み鬼”の効果時間があと少しだから、丁か半かの大胆な手を取ってきたのか?
虚を突かれるも、俺の天才的な回避のセンスが光る。間一髪のところで屈み、回転する凶器を躱す。
ほっと胸を撫でおろしたら途端──
「ぎゃぁっ!!!」
後ろから叫び声が聞こえる。思わず振り返ると、真後ろにいた”acシャンパン”のプレイヤーが、金棒で潰され、デスしている。
ここで漸く、俺は鬼の意図を理解する。
鬼が金棒を投げた時、鬼と俺と”acシャンパン”のプレイヤーは、一直線上になっていた。投擲が俺に避けられるのは織り込み済み。真の狙いは、俺の真後ろにいる”acシャンパン”のプレイヤー。
俺より距離があるとはいえ、前にいる俺が目隠しとなって投げるフォームが見えずらいため、回避するのは難しい。まして、攻撃範囲の遥か外だから、油断していても仕方がない。
というか、もしかして鬼は一連の攻撃で、俺と”acシャンパン”のプレイヤーがまとめて狙える位置に俺を誘導したのか?
この時、俺の注意から鬼は完全に外れていた。
言い訳のように聞こえるかもしれないが、これは無理もないことだ。
鬼の攻撃は全て、金棒を使っていた。金棒を放り投げた鬼への警戒が薄まるのは、自然な流れ。
とはいえ、失態なことは間違いない。鬼ごっこが終わるまで、あと1秒も残っていたのだから。
気付けば、鬼が目の前にいた。
「しまっ──」
脳が回避を命令する間もなく、鉄腕が俺を殴り飛ばす。
流石に金棒による攻撃と比べて、威力は格段に劣っており、一撃即死は免れた。が、それでもHPを9割ももっていかれた。受け身ととれなかったら死んでいただろう。
そして漸く、”影踏み鬼”発動から5分が過ぎたため、効果終了により鬼は消えた。
しかしまぁ、最後の最後にやってくれた。
たったの10秒前までは、”KPK”のメンバー2人に対し、俺と”acシャンパン”のメンバーが1人。実質的に2対2で、勝算はあった。
が、”acシャンパン”の1人はデスし、俺は辛うじて生きているが、HPは雀の涙。”影武者”と”影踏み鬼”と大技を連続使用したから、MPもすっからかん。
これは死んだな。今から入れる保険がどこかにあったりしないだろうか?
生き残った”KPK”2人が、勝ち誇った笑みでこちらに近づく。
「やってくれたなぁ、てめぇ。”acシャンパン”からアイテムごっそり貰う俺らの計画が、おじゃんになるとこだったぜ。しっかし、なんのつもりだ?1人でどうこうなる戦力差じゃねぇだろ?」
敵の1人が、物珍しそうな目で尋ねてきた。
「お前ら騙し討ちしていただろ?俺は卑怯な奴が嫌いでね。義を見て動かざるは...なんだっけ」
「はっ!このゲームでは、卑怯が王道。卑すれば華。悪い奴が勝つんだよ」
「そうか。なら全員死ねば、善人しかいないってことになるよなぁ!」
万が一に備えて、胸元に用意した自爆用アイテム”仲良し爆弾”を取り出す。そして相手の懐に飛び込み、自爆しようとした刹那。手榴弾のピンを抜くより早く、”仲良し爆弾”が無口な方の敵により棒で弾かれる。
「ちぇっ。自爆は読まれているか。『仲良死』になってくれよ」
「自爆は、さっきやっていただろう。2度目はない」
敵が俺の胸を剣で貫く。HPはすぐに0を指した。アバターがポリゴンに変わっていく最中、冥土の土産に言い残してやる。
「案外やるな。お前らは所詮、小悪党だ。俺がいつ、1人だけと言った」
色褪せていく視界に、確かに映った。
俺が言ったことの意味が分からず、困惑する2人の敵。その背後に忍び寄り、特大火力のスキルを放たんとミナの姿。
敵が後ろのミナに気付き、防御にシフトしようとするが、もう遅い。
「”落白鯨”」
ミナの頭上にあった巨大な水の塊が、シロナガスクジラへ変貌し、敵の頭上へ落下する。ドォォンという轟音と共に、大量の水飛沫が飛び散る。長い戦闘でHPの削れたプレイヤー2人に葬るには、少々豪華すぎる技だ。
ミナが使える魔法は、海魔法。水系統では最上の魔法であり、広い攻撃範囲と高い火力を併せ持つ。
ゲーム内には100種の魔法が存在するが、”殲滅”に置いて海魔法の右に出るものはない。
”落白鯨”はそんな海魔法の特徴が、全面に出ているスキルだ。MPの全てを費やし、かつスキル発動に必要な水を生成するのに5分かかるため、使い勝手は決して良くない。
ただしその条件さえ満たせば、ゲーム内最高の攻撃範囲と火力を両立する、兵器のような破壊力がある。
だがミナの真価は、海魔法による戦闘能力ではない。悪知恵。それこそがミナの本領。
敵が言っていたように、このゲームは悪い奴が勝つ。そして俺が知る限り、ミナを超える極悪人はいない。
騙し、欺き、争わせ。用意周到な悪計で、美味しい所は全てを掻っ攫う。
今回だってそうだ。
あくまで推測だが、ミナは”KPK”が”acシャンパン”を騙すつもりだったことも知っていたのではないだろうか。そしてその場に俺が乱入すれば、2つギルドがうまい具合に削り合うと読んだ。そして生き残った者たちは、”落白鯨”で鏖殺。
勿論、確証はない。あくまで俺の妄想。
ただ少なくとも結果として、荒れに荒れた戦場で最後で笑ったのは、ミナだ。




