82:トランク
その日リオンの部屋にはイサクが来ていた。
リオンが呼んだのだ。
「お呼び出ししてしまってすみません」
「いや、元気が出たみたいで何よりだ」
「ええ、ご心配おかけして申し訳ございませんでした」
ところで、とリオンは1通の封筒をイサクに見せた。
「これは、あなたの仕業ですか?」
「なんだそれは?」
「ある人からの手紙です」
「……やっと送ってきたか」
「やっぱり。困った方ですね。今さらどうしようもないのに」
「送るように頼んではいたけれど、俺を通じたものじゃなさそうだな」
「え?」
「人伝で頼んではいたが、そこのルートからはもらっていない。その差出人が自らの意思で送ってきたのだろう」
その言葉にリオンは思考が止まってしまう。
「あなたが、無理矢理書かせたものではないのですか?」
「流石にそんなことはしない。暴君ではないことはリオンも知っているだろう?それに、報酬はいくらでもと伝えたのは事実だが、そんなことお構いなしに送ってきたようだな」
イサクが笑ってリオンを向く。
「リオン、彼に、会いたいか?」
「それには答えられませんよ」
「じゃあ彼はなんて?」
「……答えられません」
そう言うとイサクがフッと笑って言った。
「俺に言わなくても良い。けど、返事くらい、書いたら良い。中身は見ないし、前も言ったが君の国との親交は、何があっても変わらない。……他に話したいことは?」
リオンが首を横に振るとイサクは部屋を出ていった。
彼がもし、自らの意思で書いたのならそれはどういうことなのだろうと、リオンは考える。
けれど全く答えが出ない。
リナリアの花はこの国には咲かない。
正直咲いていなくてよかったとリオンは思っていた。
そんなもの見てしまったらきっと立ちすくんでしまう。
(もう、だめだな……)
そう力なくクローゼットの前に立ちそっと下の段から小さなトランクを取り出した。
開けてはダメだと自分が言う。
けれどその手はトランクの鍵に伸びていた。
思わずギュッと手を握る。
これを開けたところで、何になるのか。
ただただ自分が置いてきてしまったものの大きさに打ちひしがれるだけなのかもしれない。
何不自由のないこの国での生活。不満などない。
だけれども自分の何か大切にしておきたいものがすっぽりと抜けていることなどリオンは分かっていたのだ。
だからこれはお守りでもあり、戒めでもあった。
開けることなど、ないと決めたはずなのに。
意志の弱さにうんざりする。
カチャっと鍵を外し開けると
深い緑色のローブと、一枚の紙の切れ端が出てきた。
紙の切れ端を手に取り、そこに書かれた2人の名前を眺めた。
(ねぇ、カイ。やっぱり私、全然ダメだ。一生、あなたには敵わない)
優しい何かが体の中を巡るのがわかったのと同時に、一筋だけ、温かな涙がリオンの右頬を伝った。
そして立ち上がり、便箋を一枚取り出した。




