81:約束
休みの最終日、アランデムに戻った。
実家に帰ればまた別の仕事が待っている。
サラと久しぶりに会えたのは嬉しかったが、シナルクスでの出来事にうんざりしていた。早く別の仕事をやって気を紛らわしたい。そう道中ぼんやりと考えながら帰ってきた。
(手紙の一つくらい書いてもバチは当たらない、か)
サラの言葉を思い出す。
けれども、今更何を書けと言うのか。
何も伝えたいことなどない。
あの時、あの広場で彼女は全部置いていくと言ったのだ。
だから同じように自分も置いてきた。
そう思っていたのに。
ふうっと一息はいて、ハンザの王子からきた手紙を開く。
破って捨ててしまおうかと思ったが、相手は西の大国の王子だ。その辺で捨てて誰かが拾った時のことを考えると色々と面倒なので、家で焼こうと思い持ってきていた。
実家に到着すると、相変わらずテンションの高い母親がルンルンと庭の手入れをしていた。
「あ、カイお帰り〜!またクッキー焼こうと思ってね。やっぱりいつものハーブの方が美味しいかしらね?」
呑気な母親に少しばかりため息をついて2階の自室に向かった。
***
自国での仕事を淡々とこなす毎日が続いていた日、例の如くあのシナルクスで後をつけてきた男が目の前に現れた。
「もう来るなと言っただろ」
「私も仕事なので」
「断る」
「まぁまぁ、そう言わず。少し話だけでも聞いてください。あなたの家にもいるのかもしれませんが、ウチにも伝書鳩がいましてね。ハンザからちょうど便りが来て……城は大騒ぎのようですよ」
何かあったのかと少し気になり男に目をやるとニコッとその男は笑った。
「王女2人が厨房でクッキーを焼いたらしくて……面白くないですか?こんなことが話題になるくらい平和なんですね、あの国は」
「それがどうした?」
「なんでもこの国から嫁いだ王女が知っていたレシピだとかなんとか。私にはなんのことだかよくわからないのですが、依頼主から伝えてくれと。ちゃんと、伝えましたからね」
そう念を押して、男はいなくなった。
1人取り残され呆然とした。
(何で、クッキーなんて焼いてるんだよ。全部、置いてったんじゃなかったのか……)
家に帰ると数日前に母親が焼いたクッキーがテーブルに置いてあった。
(見たくもないな)
そう思いながらその気持ちとは裏腹に手は一枚のクッキーを摘んでいた。
『これ食べると、元気出る。私の元気出させる魔法、きっと使ってるんだよ』
そう言った彼女の顔が浮かぶ。
(なんなんだよ。……元気、ないのか?)
その日食べた、いつもと同じように母親が焼いただろうクッキーは随分塩っぽい味がした。
その夜、フーリーが自室の外にいることに気がついて中に入れてやった。
部屋の隅の棚の上に大人しく止まっているフーリーに思わず話しかける。
「なぁ、お前はすぐにでも行けるんだろ?」
答えるわけもない梟に話しかけ続ける。
「今更、なんでそんなことしてるんだろうな?全部置いてくって言ってたのに。置いてってなんか、なかったんなら、もっと早く教えてくれたっていいのに」
『結果が同じであってもさ、どう結果に持っていったのかも大事でしょ?』
サラの言っていた言葉が頭をよぎる。
ダメだ、と思う。
彼女が最後に頼んできた約束だ。
それを守るのは、彼女のために自分ができる最後のことだ。
考えれば考えるほど、嫌になる。
約束を守らなければ、という自分と、置いていってなんかなかったのなら、と期待する自分が入り乱れる。
目を開けているのも嫌になり、天を仰ぎながら目を瞑るとあの学校の食堂の裏の小さな広場がふっと頭をよぎった。
学校の至る所に咲くリナリアの花はそこにも咲いていた。
その花なんてもう、見たくもないと思っていた。
だけど。
『随分と乙女だね』
バカにして笑ってくれるならそれで良い。
彼女の元気が出るのなら、もう何でもいい。
そう思って一枚の真っ白な紙を取り出した。




