83:返事
「カイ〜!珍しくあなた宛てに手紙、届いてたわよ」
そんな母親の言葉に思わず心臓が止まるかと思った。
「誰から?」
答えて欲しくないのにも関わらず思わず口が動く。
「え、そんなの知るわけないじゃない。封筒にはなーんにも!なんだろうね?ラブレターー??」
きゃっきゃと言う母親は相変わらず面倒だなと思いながら渡された手紙を手に取り自室に向かった。
宛名の文字は見たことのない文字だ。
開けたい、と思う自分がいるが
開けたくないとも思う。
もしかしたらまたあのハンザの王子からの依頼かもしれない。そうならば読みたくなどない。
けれどカイには開けないと言う選択肢はなかった。
息を止め恐る恐る封を開くと、一枚の紙が入っていた。
『リナリアは咲きません。
もう一度、あの花を見てみたい』
その随分と綺麗な文字は、差出人などなくてもすぐに分かった。
図書室で、あってる?と何度も見せられたノートに書かれたものと同じ文字だ。
忘れるわけなんてなかった。
気づけばカイは必要最低限の荷物をまとめ上げ、手紙を握ったまま自室から1階に向かった。
「悪い、仕事しばらく全部外して。急用入ったから、埋め合わせはする」
「えー??困るよ!何急用って??ちょっと前からいっぱい西の方に人行っちゃってて全然こっち人いないんだから!」
「良いから頼んだ!」
そう言うと年齢に不相応な可愛らしさを携えた母親が手を口に当て、目をパチクリとさせ言った。
「あらあら、カイがそんなになるなんて本当に急用なのね。わかったわ、お母さん、一肌脱いであげるわね!気をつけて!」
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手紙の返事を書いてしばらくが経っていた。
リオンは書かなければよかったかなと少し後悔していた。
書いたところで今さらどうにもならない、カイを困らせるだけだったのではとも思い思わず小さなため息をついた。
気を紛らわせるためにその日もイサクが揃えてくれた魔術書の一つを手に取り夜寝る前に窓際のテーブルで読んでいた。
(この調薬、懐かしいなぁ)
学校の授業で取り扱った基本的な調薬方法が取り上げられているページを読んでいた時だ。
ドアがノックされる音が聞こえたので立ち上がり扉に向かった。
「今、大丈夫か?」
そうイサクが言った。
「ええ、もちろん」
そう答え、くるりと向き直りいつものように窓際の席に向かった。
「今日は、何のお話をしてくださるんですか?私、今ちょうど懐かしいものを見ていて。調薬なので、あまりイサク様の興味があるものではないとは思うんですが…」
そう言って本を手に取ってイサクに見せようと振り返った時だ。
「俺じゃなくて、彼のほうがその話は得意そうだな」
思わず持っていた本をリオンは落としてしまった。
目の前にいるその人が、本当にそこにいるのかなんて信じることができなかったのだから。
「なんで……」
「俺はこれで。話が終わったら声をかけてくれ」
そう言ってイサクは部屋から出て行った。
しばらく残された2人の間に沈黙が続いた。
何故そこにいるのかが全く理解できずリオンが驚きでほんのりと開けた口を閉じることすらできずにいると、イサクに置いて行かれたその人がぽつりと口を開いた。
「本、落ちてる」
そう先ほどリオンが驚いて落としてしまった本に視線を向けると、リオンは慌ててその本を拾い上げた。
「なんで……」
そうリオンは口にするがその後が続かないでいた。
「……今、咲く時期じゃない」
その言葉に、あの返事を読んだのだと理解した。
「……全部置いてくっていったのに、クッキー焼いたの、リオンだろ?」
そのカイの困った笑顔を見たリオンの目には涙が浮かんだ。
「焼いたよ、うまく焼けたはずなのに全然味が違うんだよ?なんか足りないの。教えてもらった通りに、焼いたのにさ……」
「リオン」
彼にしては強めに言ったのだろうその声に胸がギュッとなる。
「ごめん。約束破った」
「知ってる」
謝らなければいけないのはきっとリオンの方だ。なのにカイは以前と変わらず優しい。彼の言葉が心に沁み渡る感覚を感じながら、その優しさをどれほどリオンが必要としていたものか思い知る。
「……ねえこの国の魔術さ、なんか違うんだ。けど、それが何か全然わかんなくって。教えてくれない?私1人じゃ、もうわかんない」
「いいよ」
そう言ったカイの声は、勉強を教えてくれと頼んだ時のものと変わっていなかった。
「ねぇ、カイ。私、やっぱり全部なんて置いてこれなかった。それに置いていきたくもなかったんだって、カイが送ってくれた手紙みた瞬間、思ったよ?けどさ……もうどうしよもないんだよ」
「知ってる。けど……この前サラにあったんだ…その時に言われた。『結果が同じであっても、どう結果に持っていったのかも大事でしょ?』って」
「サラ、相変わらずだね。会いたいな」
「会ったら良い。あっちゃダメなんてあの人、言わないだろ?」
「……そうだね」
そうだ、と言ってリオンはクローゼットの中から小さなトランクを取り出した。
「これ、覚えてる?」
ニッと笑って紙の切れ端をカイに見せるとカイは頷いた。
「これは、初めて見せるね」
そう言って手に取ったのは深い緑色のローブだった。
「母親のとそっくりで嫌になるな」
そうカイが困った顔で笑った。
「来てくれて、ありがとう。元気出た」
そうあの学校にいた時と同じ顔でリオンは笑い返した。
「ねぇ、また来てくれる?」
「仕事次第だな。今日も仕事ほっぽりだして来ちゃったから」
「そっか」
「彼、待たせてるよな?そろそろ出るよ」
そう言ってカイはリオンの部屋を後にしようとした。
呼び止めたい、とリオンは思うがそれはできない。
呼び止めたところで、どうしよもないのだから。
ただただ今日、こうして会いにきてくれたことだけで満足しなければならない。
心が何かに締め付けられるように疼いた。
全ては一瞬の気休めで、結果は、結局変わることなんてないのだ。
カイの背中を見るリオンの口はキュッと結ばれていた。
そうでもしていないと、何を言葉にしてしまうかわからなかった。
次回、終話です。




