08:ハーブと植木鉢
その日は授業のない日だった。
朝から図書室に行き勉強をしていた。
いつものように、カイと一席空けた隣の席で。
ちょうど昼食の時間になったのに気がついたリオンは、カイに声をかけた。
「ご飯、行く?」
混んでいる時間帯にカイがあまり食堂に行きたがらないというようなことを以前アーロンが言っていたが、今日は休日だ。
休日ともなれば食堂は空いている。
みんなここぞとばかりに外に食事に行くからだ。
少し思案したような顔を見せたカイだったが、
首を縦に振り席から立ち上がったので荷物はそのままにして、2人で図書室から出た。
カイに初めて声をかけてから何度も図書室で顔を合わせている。
クラスでは話はしないが、放課後と、休みの日にはほとんど顔を合わせているからか、
こうして2人で食堂に行けるくらいには仲良くなったとリオンは思っている。
カイがどう思っているかはわからないが、少なくとも勉強仲間としては認めてもらえているのだろうと思う。
予想通り、食堂はガラガラだった。
休みの日の食堂のランチメニューはその日の日替わり一択のみだ。
今日はチキンをハーブで漬け込み焼いたものでその香りが食欲をそそった。
「良い香り〜」
そう思わず昼食の乗ったトレーを受け取りながらリオンが言うと、給仕のおばちゃんが話しかけてきた。
「このハーブ、ここで育ててるものなんだよ」
「え、そうなんだ。どこにあるんですか?」
「ちょうどみんなが住んでる寮の裏手くらいに小さな花壇があって、そこでいくつか育ててるんだ。気が向いたら見に行ってみなよ。あ、盗んだらタダじゃおかないからね」
そうニヤリと笑うおばちゃんは実は大魔女だという噂のある人物だ。
ほんの少し怖くなり、はいとだけ言ってカイと2人席についた。
「うん、今日なかなか美味しいね。ハーブ、折角だから見にいこうかな。一緒に行かない?」
「え?良いけど…」
そうカイが答えてくれたのでニコッと笑って食事を続けた。
最近気づいたのは、カイはリオンのテンションがオンになっている時はほとんど話してくれない。
けれどそうじゃない時や勉強のことなどの話はちゃんと会話をしてくれるのだということだ。
だからカイと2人でいる時は努めてテンションをオンにしないようにしている。
たまに難しくなり、カイのドン引いた顔を見ることになるけれど。
食事を終えてそのままハーブが育てられているという寮の裏手に向かった。
給仕のおばちゃんのいう通り、そこでは数種類のハーブが育てられて、その香りに思わずちぎって香りを嗅ぎたくなるが、盗むなと言われているので、ちぎるのはグッと我慢してかがんで香りを楽しんだ。
「あ、このハーブ、魔法植物の図鑑にも載ってた。普通に食用でもいけるんだね」
そうカイに向かっていうと、カイも興味が湧いたのか近づいてそのハーブを見ていた。
「これ…家でも育ててた」
「へぇ、食用?魔術用?」
「食用。母親のクッキー作りの材料」
クッキー?とリオンは首を傾げた。
「母親が昔から何かにつけてクッキー焼くんだけど…たまにここにも送りつけてくる。
まぁ味は、身内のことながら美味い。そのクッキーにこのハーブ使ってて」
「へぇ、お母さんの手作りクッキーなんて、羨ましいなぁ」
思わずリオンはそう言ってしまう。
リオンの母親はリオンが生まれてすぐ死んでしまったのでそんな経験はない。
生きていたとしても、王妃が自らクッキーを焼くだなんてことはほとんどありえない。
リオンは自分の知らない日常を持つカイのことがなんとなく羨ましく感じた。
「今度、食べてみたい。そのクッキー」
「え?ああ。今度送られてきた時にでも」
そう言ってもらい嬉しくなってうなずきながら満面の笑みをカイに向けると、
カイはリオン本人にもわかるくらいに視線を離した。
「え、なに急に目逸らして。虫でも飛んでった?」
「いや、顔面偏差値が高すぎる」
急に言われた言葉に頭にハテナが浮かぶ。
「がんめんへんさ…?」
「なんでもない。図書室、戻る」
そう言って歩き始めたカイの後を何だろうと思いながらついていった。
寮の裏手に来るには少し細い、建物と生垣の間を歩かねばならない場所があった。
来た時も歩きづらかったが、帰りもやはり歩きづらい道だ。
「うわっと」
リオンが躓いて体をよろめかし、なんとか転ばずに踏みとどまると、
その声に気がついて数歩前を歩いていたカイが振り返った。
そのカイの姿を見たと思った瞬間のことだ。
カイが思い切りリオンの腕を引き、カイの方へと体を引っ張ったのだ。
呆気に取られるリオンはなにが起こっているのか分からなかったが、
ほぼそれと同時に自分の背後でガシャンと何かが落ちて割れる音が聞こえた。
「え…?」
カイに腕を取られながら後ろを振り返ると、植木鉢が割れていた。
植木鉢など通った時はなかったのだがと思いつつ、カイを見るとカイの目線は随分と上を向いていた。
「危ないぞ」
そうカイは空に向かって話していた。
カイがリオンの腕を離したので、リオンも向き直り同じ方向を向くと3階の部屋の窓に随分と焦った様子をした女子学生がいた。
「ご、ごめんなさい!なんか、勝手に…!なにが…??いや、ほんとごめんさい!!」
「片付けとけよ」
そう珍しくカイが大きめの声を出していたのでリオンは起きたことはそっちのけでカイのことをじっと見ていた。
それに気づいたカイがリオンに声をかける。
「怪我、ないか?」
コクンと頷くと、カイの視線が割れた植木鉢に移ったのがわかった。
「どうしたの?」
「…いや……なんでもない」
そう言われた後、図書室に2人で戻ることにした。




