74:魔術と苦しみ
二日間ベッドの上で過ごしたリオンはすっかり元気になっていた。
元気になってすぐにマルシアの元に行き、あなたのせいではないということ、絶対にまた連れていってほしいと言うことをマルシアがもういいと言うくらいに伝えてきた。
そこまでやったらきっと大丈夫だろう。
そして少しだけ反省した。
学校に通っていた頃はちゃんと夜は時間を決めて机に向かっていたのに、この国に来てからは時間などお構いなしに気が済むまで本と向き合っていたからだ。
そう、気持ちを改めて望み始めたとある日だ。
リオンの魔術を頼りたいと言う人がやってきたのだ。もちろんイサクの紹介だ。
「王女にお願い事など恐れ多いことこの上ないのは承知の上です。けれどもどうか」
「そんな畏まらないでください。私はそんな大層な人間ではないので」
そう笑顔で答えると目の前にいた、シーロ・ソラナが顔を上げた。
イサクが珍しく踊ってくれた舞踏会の主催者の息子だ。
「それで、今日はどうされたんですか?私にできることは限られているのでお力になれるかわかりませんけれども」
「実は……妻がここ最近ずっと眠れないと」
その言葉にリオンは思う。
(それなら薬師か医師に頼めば良いのに)
「薬師や医師に診てもらったもののどこも悪くはない。処方された薬も飲ませてはいるものの効果がないようで……イサク様にリオン様は調薬が得意とお伺いしまして。薬師も医師もだめなら魔術師に頼る他ないものの、ご存知の通りこの国にはほとんどおりませんでして……」
なるほど、とリオンは思った。
調薬が好きとは言ったが得意と言った覚えはないが、目の前のシーロの様子を見てリオンは何かできないかと考えた。
「そうですか。けれど、医者や薬師はその根本から症状を治そうとしますが魔術師の作る薬は基本的に効く時間が限られています。なので気休めにしかならないかと」
「それでも、良いんです。眠れない妻も可哀想ですし、彼女を診ている自分も最近少しだけ……辛くなってきてしまって……」
その顔は舞踏会で見た彼の颯爽とした表情ではなく、悲痛を浮かべたものだった。
人のために調薬を行ったことは正直ない。
学校で自分の作ったものを試しに自分で飲んだことは何度かあったが人に飲ませるとなると流石に慎重になる。
けれども目の前のシーロの必死さに同情し、リオンは答えた。
「……効くかどうかはわかりませんし、失敗するかもしれません。それでも良いなら…」
そう戸惑いながら言うとシーロの悲痛な顔はみるみるうちに笑顔になった。
「ありがとうございます!」
そう深々とシーロは礼をした。
シーロと別れ、自室にリオンは戻った。
(さてと。そうとなればちょっと復習しないとな)
そう思い幾つかの本を手に取る。
ベースは昔学校で作った3日間眠り続ける薬だ。
使えば多少体力は落ちるかもしれないが、眠れないのが問題なのであればそもそもそちらのほうが体力を削るものだ。仕方がない。
3日間はやりすぎかと思い1日眠り続ける程度の分量に調整しようと決めた。
けれども単純に量を減らせば良いと言うものではないのが魔術の厄介なところだ。
まさか自分の身を守ろうとして作っていたものがこんな形で役に立つとは、わからないものだとリオンは思う。
手元の紙にスラスラと必要なものとその分量を書いていく。
(入れる順番は間違えないように、と)
初めて作った時の失敗したあのベトベトした何かを思い出し少し懐かしくなった。
(こんなことで、役に立つなんてね)
そう窓の外を見て思った。
必要な材料をイサクに揃えてもらった翌日には調薬に取り掛かった。
この国は魔術師は少ないが貿易が盛んだ。調薬の材料を仕入れるのにはそれほど苦労はなかった。
自室でやろうとしたところ何かあったら困ると言われ小さな客間で人に見守られながら作業をすることになった。
(むしろ自室の方が失敗して汚しても気にならなかったし、人に見られてると緊張する…)
そう思いながら仕方がないなと用意された部屋で作業を始めた。
白い2種類の材料を光に当てる。
片方はピンクがかった塩のようなもので、もう片方は青とも緑とも言えるような色だ。
『元の材料の色が似てるからな。光に当てると違いがわかるから、入れる前に見たら良い』
頭の中でその人の声が聞こえた。
けれどリオンは目の前の作業に集中しようとキュッと一度目を瞑った。
淡々とリオンは慣れた手つきで調薬をしていった。
入れる順番はもちろん間違えていない。
あの時でてきた変な煙も今日は出てこない。
ふうっとひとつ息をはいた。
目の前には出来上がった薬がある。小瓶に入れ替え、あとは渡すだけの状態だ。
(あとは効くかどうか、か)
そう思いながらイサクを通じてシーロにリオンの元に来るよう頼んでもらった。
***
「こんなに早く出来上がるなんて、思ってもいませんでした」
そう先日見た時よりもやつれた様子のシーロが言う。
「効くかどうかはわかりませんが、最善を尽くしました。念のため、飲むときは必ず他の人間がそばにいるようにしてください」
そうリオンは忠告しながらシーロに小瓶を渡した。
瓶の中で揺れる液体はほんのりと透明だが光に当たるとほのかに七色に光った。
「この御礼はいつの日か必ずや」
そう深々と礼をしてシーロは部屋から出て行った。
***
「魔女リオンの腕は流石だったようだな」
そうイサクが言う。
「ふふっ、無事にうまく効いてくれて良かったです」
そうシーロに渡した1日眠り続ける薬は無事に彼の妻に効いたらしい。
ほんの1日なので気休めにしかならないとは思っていたものの、その薬のおかげで眠り方を思い出したかのように翌日から少しずつ、眠れるようになったらしい。
初めて他人に調薬した薬を渡したので効果がどうだったのか聞くまでは気が気ではなかったが、無事に効いたと耳にしたときはほっと胸を撫で下ろした。
「けれどイサク様、人にお渡しするのはこれっきりです。正直うまく行かなかったらと冷や冷やして私の眠りが浅くなってしまったのですから」
そう笑ってリオンはイサクに言う。
「ああ、今回だけだ。ただでさえ容姿がよくて頭も良い、性格も良い王女だなんて人気があるのだから、そこに魔術で人助けまで始まったら新しい信仰でも生まれかねないからな」
そう口元に笑みを浮かべながらイサクは言った。
「それにしても、調薬をしている時のリオンの顔は別人だったと同席していた人間が言っていたが?」
「え?」
「いつもの表情よりも幼く見えた、と。淡々としているのにも関わらず、とさ」
その言葉に思わずリオンは思う。
(いや、学校用のメイクはしてなかったはずだけれど)
「人間好きなこととなると心も表情も幼くなるものなのかもな、俺もいつかその顔を見のを楽しみにしてる」
そうイサクが言うのでリオンはなんだか恥ずかしくなってへへっと笑った。
***
一人、部屋で気に入っているハーブティーを用意してもらいいつもの窓際の椅子に座っていた。
(ねぇ、うまくいったよ。初めて人に飲ませた)
思わずリオンは空に話しかけるが次の瞬間には首を横に振った。
(最近、なんかダメだな。私は置いてきたんでしょう?)
それに、と思う。
もうかれこれこの国に来て半年以上が経っている。
自分のことなど忘れられていてもおかしくない。
自分がここで新しい生活をしているように、きっとあの人も新しい生活を過ごしている。
あの頃のことを覚えていてくれている保証など、ない。
体調を崩し寝込んだ時の夢をふと思い出した。
リナリアはそこにはなかったし、誰も来なかった。
そういうことだ。
そう思う。
だけだどうしてだろう。
そう思えば思うほど、胸の奥のつかえがまるでそこに本当に石でもあるかのような感覚になる。
泣きたい、よりも、
何かを壊したくなるような、
けれどすがりつきたいような、そんな感覚だった。
言葉として出てこない感情がまた、リオンの胸のつかえを大きくした。




