73:花と夢
翌日、リオンはベッドから起き上がれなかった。
体が熱いのに、寒い。
久しぶりに感じたこの感覚。やってしまった。
いつぶりか体調を崩してしまったのだ。
マルシアと外に出た翌日に体調を崩すなど申し訳ないことこの上ない。リオンは外出が心底楽しかったのに。
マルシアが気を揉むのは明白だ。早く元気になって彼女のせいではないことを伝えなければならない。
気ばかりが焦るが、そんな気持ちとは裏腹に体は起き上がれる様子すらない。
眠っているのか起きているのかわからない時間をずっと過ごしていた。
***
学校の廊下を抜け、食堂の裏に通じる細い道を慣れた足取りで歩いて行った。
きっとそこにいるのだろうと思って。
小さな広場に出た瞬間、リナリアの花が咲いていないことに少しだけがっかりする。
今は咲く時期ではないのだろうかと思う。
さっき図書室は見てきた。けれどいつもの席にはいなかった。
だからリオンはここに来たのに。
誰もいない。
仕方がなくベンチに一人座った。
そのうちきっと、来てくれる。
だって前もそうだったから。
リオンがここでしょげていると、何故か彼はいつも来てくれたのだから。そう思って待った。
待って、待って、待っていた。
風が吹く。
随分と爽やかなその風に、その季節を感じさせられた。
でも、それなら、リナリアは咲くはずなのに。
***
はっと前を見ると、目の前にマルシアの顔が見えた。
「リオンさん?目を覚まされました?」
ぼぅっとする頭でなんとかマルシアの言葉を理解し小さく頷く。
「ごめんなさい、私。調子に乗ってあちらこちらに連れて行ってしまって…」
その言葉になんとか首を横に振る。
まだ夢なのか、目を覚ましたのかよくわからない感覚の中、マルシアを見る。
「少し…うなされていたようで……もう少しお休みになってください」
マルシアのその言葉にさっきまでいた小さな広場を思い出した。
「……なかったの……花が」
「花?」
リオンの譫言にマルシアが聴き返す。
「咲いてるはずなのに……いなかった」
その言葉にマルシアは首を傾げたが、優しくリオンの頭を撫でた。
「リオンさん、もう少し、眠ってください」
その言葉が耳に入るかどうかでリオンはまた眠りに落ちていった。
*******
「リオンの様子はどうだった?」
イサクがマルシアに聞く。
「また、眠ってるわ。少しうなされていたけど。はぁ、本当私ったら調子に乗って連れ回しちゃったから」
そうマルシアはため息をついた。
「いや、たまたまだろう。彼女、こちらに来てから休んでいるようで休んでいない。本が楽しいのは良いことだけど、毎晩遅くまで読んでいるようだし」
その言葉に釈然としなくマルシアは眉を寄せた。どう考えても自分のせいだ、と。
「数日経てば良くなるだろう。医師も疲れがでただけだろうって。部屋の空気が澱まないよう様子を見て換気と、花でも飾ってやれ」
そのイサクの言葉にマルシアはリオンが譫言で言っていた言葉を思い出した。
「ねえイサク、リオンさんから何か花の話を聞いたことがある?」
「いや、花のような笑顔なら嫌ってほど見てるがな」
そうイサクはふざけて答える。
「花が何か?」
「譫言で……花がなかったって。でもおかしかったのよね。そのあと、咲いているはずなのに『いなかった』って言ったの。『なかった』じゃなくて」
「聞き間違いじゃないか?」
「いいえ、譫言でもはっきり言っていたわ。……誰かのこと、かな?」
その言葉にイサクは腕を組んで考えた。
リオンから今まで聞いた昔の話はほとんどない。しかも具体的なことは何も聞いたことがない。その断片的な内容を頭の中で繋ぎ合わせて行った。
「……誰か、か…」
そうぽつりと言葉をこぼした。




