71:この暮らし
リオンがハンザに来てから半年後、イサクが2人目の妻を娶ることが発表された。
国民の間では随分と立て続けの慶次に戸惑いがあがり、好色王子だと言う噂が立ったがそれだけだ。
親同士のあれこれとは聞いていたものの、リオンの耳に届く範囲ではまだそれほど悪い話は聞いていなかった。
良かったな、とリオンは心の底から思っていた。
そもそもイサクとの婚姻はリオンにとって仕事だ。たまたま親しくできる相手なだけだった。だからその彼が誰のことを思おうが関係がないのだ。
きっとイサクは幼馴染とよく会うようになり、リオンのところには来なくなるのだろうと思っていたがそのリオンの想像は良い意味で裏切られた。
イサクは相変わらず、リオンの部屋に遊びに来ては他愛のない話をしていった。
だからリオンは思っていた。
(私はこれで十分)
アランデムの城での扱いと比べたら、これ以上ない扱いだ。
そう心穏やかにリオンは毎日を過ごしていた。
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「リオン様、少しよろしいでしょうか?」
ある日の夕方、聞き慣れない声と共にドアがノックされた。
「どなたでしょうか?」
「マルシアです」
ハッとして扉を開ける。
「どうか、されましたか?」
そう扉の前に立っていたのはイサクの幼馴染、マルシアだった。
中に入るように促し、いつもイサクと2人で使っている窓際の机とテーブルについた。
「何か……御用でしょうか?」
マルシアとは会ったことがあるが、2人だけで会ったことはない。
正直なところ、リオンは一度この人からイサクを奪った立場だ。
イサクには自分も守ると言ったものの、近づいて良いことはないだろうと思い極力接点を持たないようにしていた。
「少し、リオン様とお話がしたくって」
マルシアのロゼ色の髪がサラリと流れる。
「………ずっと、お礼をしなければと思っておりました。けれど私のこと、良く思われてないのではと思い今になってしまい…リオン様、本当にありがとうございます」
「え…?」
何の話をしているのかリオンは理解できず思わず首を傾げた。
「イサクに聞きました。リオン様がいらっしゃらなかったら私と結婚することはなかったって。彼を叱ってくれたんじゃないですか?」
そういたずらっぽく笑ってマルシアは言った。
「……叱ったわけでは、ないですよ。少しだけお話をしただけです」
「それでも、結果的に私も彼もやっと手に入れられました。正直、結婚してくれと言われた時は呆気に取られましたけどね。
小さい頃から彼とは馬鹿みたいな意地張りをしてしまうことが良くあって……けど今回のイサク、もう意地もプライドも無くなったかのように言うから、観念しました」
マルシアの口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「……私が言うのは何ですけれども、本当に良かったです。…マルシア様。私、一度あなたからあの人を奪った人間だから、嫌われてるんじゃないかと思っていました」
そうリオンが微笑んで言うとマルシアは笑って首を横に振った。
「ねぇ、リオン様。イサクにききました。あなたは随分と頑固だって。何も昔のことは教えてくれない、その花のような笑顔ではぐらかされるって」
その言葉に困った笑顔をしてしまう。
「イサク様とマルシア様はどうやら随分と仲がよろしいようで。私のことなど筒抜けですね」
「女同士、私にくらい話してくれないのですか?」
そう言われ、窓の外の夕陽の傾く空を見た。
少し考えながら口をそっと動かした。
「言葉に、したくないんです。言葉にしたら、全て取り返したくなる。もう取り返すことなど、できないものを」
そうリオンが言うと、マルシアはその言葉に少し悲しそうな顔を浮かべた。
その様子に気づいてリオンは明るい声で続けた。
「マルシア様、今日お話しできて良かったです。今度は、イサク様と3人でも、是非」
そう笑うと、マルシアも笑い返してくれた。




