70:幼馴染
「マルシア!」
ロゼ色の髪をした女性がその声に振り向いた。
振り向いた彼女の顔はみるみるうちに固いものになった。
「なにか御用でしょうか?こんなところに従者も連れず王子がいらっしゃるなど…。人に見られたら色々と面倒でしょう」
その場所は王子が来るような場所ではない、城にほど近いが少し寂れた小さな原っぱだった。
イサクが幼い頃から剣術の練習場として使っていた場所だ。
「お前に話があって来た」
「私はあなたに用などございませんが?それに私にも縁談がきております……あまりあなたが近くにいるとそれも破談になりかねません」
そう毅然と言うマルシアと呼ばれた女性の服装は随分と動きやすそうで手には剣術の稽古用の木刀があった。
「その縁談なら、なくなった」
その言葉にマルシアは思わず顔をしかめた。
「どこまで邪魔するんですか、私のこと」
「なあマルシア、頼む。聞いてくれ」
「聞きたくもありません」
「マルシア」
そう嘆願するようにイサクは彼女の名前を呼んだ。
「俺が全部、悪かった。許してくれなどと言う言葉は決して言えない。けど、まだ、間に合うと思うんだ」
「何の話のことか」
「なあ、俺のこと、もうどんな言葉で罵ってくれてもいい。馬鹿にしてくれてもいい。だから……だから昔のように、近くにいてくれ……頼む」
そうイサクは言って頭を下げた。
マルシアは一瞬呆気に取られたような表情を浮かべたがきゅっと口を結んだ後、言い放った。
「一国の王となる人が、情けない」
「ああ、情けないことこの上ないさ。この前娶った相手に言われたんだよ。全て言い訳で、まだ間に合うだろう?って…本当に情けない。けどやっと頭が気持ちに追いついたんだ」
「何を……言ってるのかわからない」
「それならはっきり言う。マルシア、俺と結婚してくれ」
イサクは真っ直ぐとマルシアを見て言った。
もう何も失うことなどないかのように。
「嫌です。そんなことしたところで、あなたに何も益はない。それに親同士だって…」
「俺が……必ずお前を守るから。頼む」
イサクの気迫についにマルシアの瞳は揺れた。
「イサク……どう、したの?そんなに…」
幼い頃からイサクを見て来ていたがこんな彼の姿を見るのは初めてだとマルシアは感じた。
「答えろ。俺と結婚してくれ」
「……何を、今更……あなたは無かったことにしたじゃない」
「ああ。けどもうそんなことしない。まだ取り返しがつく」
その言葉にマルシアは目を瞑り何かを考えている様子だった。
「イサク……あなたはいっつもそう。私のこと、散々こてんぱんにしておいて、もうダメだって思うくらいになると急に手を差し伸べてくる」
彼女の強張ったその言葉にイサクは唇を噛み締めた。
もうだめか、とそう思ったからだ。
「……けど、その手を掴んでいたいと思ったのは、紛れもなく私なんだよね」
ハッとイサクはマルシアの顔を見た。
「少しだけ、考えさせてもらう時間くらい、くれるでしょ?」
そう言うマルシアはさわやかなこの国の風にぴったりの顔をしていた。
「……あぁ。……けど、あまり待たされるのは、好きじゃない」
「どの口が言うのやら」
そうマルシアはその場からいなくなった。




