68:星と思い出
「リオン様の知識は想像以上でした」
そう目の前にいる深いボルドーのローブを羽織った初老の男性が言った。
「ありがとうございます。魔法や魔術は大好きですからお褒めの言葉をいただけるとすごく嬉しいです」
そうリオンは答えた。
その日はハンザにある魔術学校の校長を招きリオンは歓談していた。
イサクがリオンのためにと手配してくれたものだった。
「アランデムの学校でもさぞご優秀でしたでしょう?あちらの国の学校の事情も伺ったことはありますが、通常のカリキュラムを越えたことまでご存知とは」
そう開いていた本を閉じながら校長は言う。
「たくさんの書物のおかげです。こちらの書物も…イサク様からいただいていて、今目下勉強中です」
「それはそれは。私などよりよっぽど教鞭を振えるようになってしまえるかもしれませんね」
そうゆったりと笑う校長はこの国の魔術や魔法のことを先程までリオンに教えてくれていた。
けれどもリオンの知りたいことはわかるようでわからなかった。
決して校長の説明が悪い訳ではなく、きっと自分の理解不足だと思いまた城に戻ったら本を読もうとリオンは思った。
「あの、こちらの国では魔術や魔法は国民の皆さんにどう思われてるのですか?私がいる国では特段珍しいわけでもなく、かといって一般的なわけではないので、そう言う事をやっているというのはそんなにはばかられないのですが、こちらの国では少し珍しいと聞いておりまして…」
「そうですね。確かにこの国は魔術や魔法を嗜む者は多くはありません。けれど、ご心配なく。魔法は確かに根付いていますよ。だから国民からしてみれば、珍しいけれど忌避されるようなものではありません。夜、月と星を見てみてください。それからこの本と」
そう言って校長は一冊の本を差し出した。
「こちらは私から、リオン様にお会いできた証に、差し上げます」
「いただいてしまってよろしいんですか?」
そう聞くと校長はゆっくりと頷いた。
「ありがとうございます。ゆっくり読ませていただきますね。夜が、今から待ち遠しいです」
そう言って大事にその本を自室まで持ち帰った。
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早めにとった夕食が終わり、意気揚々と自室に戻って校長からもらったその本をリオンは部屋で読んでいた。
(これ、どこかで同じようなものを読んだことがあるような…)
そう思いながら読み進めていくと気づけば空に月と星が煌めく時間となっていた。
自室の窓から眺めようとするが見たい位置がちょうど見づらい。
どうしようかと考えているとちょうどドアをノックする音が聞こえたのでリオンは丁度良いと言わんばかりに扉に駆け寄った。
「イサク様!丁度良かった。今お願い事をしたいと思っていたところでした!」
「なんだ急に、リオンがそんなにはしゃぐなんて……まぁだいたい予想はつくな。魔法か何かだろう?」
そうイサクは包み込むように笑った。
「バレてしまいましたか。そうです、今日お会いさせていただいた魔術学校の校長様からいただいた本なんですが、月と星の位置を見ながら是非と言われたんですが…私の部屋からだと見える星が限られてまして」
そう何かをねだるようにイサクの顔をリオンはうかがった。
「で、もっと見える場所に連れて行ってくれ、という事だろう?」
「よくおわかりで!私一人じゃああまり我儘も言えませんので」
「わかった。城の屋上なら丁度良いだろう。流石にこの時間だと警備も連れていくからな」
そう言ってイサクと警備の人間数人と城の屋上へと向かった。
初めてくる屋上は高い建物が少ないこの王都のほぼ全てを見渡せた。
やはり少し冷えるが、それ以上にリオンは夜空と本に興味津々だった。
「あの星と、三つ隣の星、それからこっちの星……もうすぐ初夏だから……イサク様、この国の初夏の儀式はなにがありますか?」
「初夏は、火の祭りだな」
「あぁ、そうか……ちょうどこの国だと火の星座なのか…。イサク様、火の祭りは、エルカニアの葉を使うことはありますか?」
「ああ、よく知ってるな。エルカニアの葉を火で焚き上げるんだ」
「あれ魔法植物の一つなんですよ。植物が育ちにくいこのあたりでもよく育つ。エルカニアは集中力を高めたり、鎮静を穏やかに起こすための薬を作る時によく使うんです。火の星座の時期は、直感や瞬発的な力が出るんです。だからその力を崇める火の祭り、それをうまくこの土地と調和させるためのエルカニア……あぁ、すごい」
「楽しそうだな」
「あぁ、ごめんなさい。つい夢中になってしまって。この国の儀式はベースが魔法が敷かれていることがあるようで。私の国も少しはありましたが、多分こちらの国の方が多いようで…まだ本を読み切ってないのであまり理解しきれていないところもありますが」
いつもより思わず早口になってしまうう。
やはり魔法や魔術はリオンにとって心底面白いものには変わりなかった。
本に目を戻し、ペラペラとめくって行った。
どれもこれもが面白く、早く全て読み込みたいと思った瞬間だ。
(これ……あの時読んだ本にそっくりだ……)
思わずリオンの手が止まる。
読み込んだ訳ではないので内容をはっきり覚えていなかったが、ペラペラとめくった時に目につく章立てや言葉。
3年生の夏にあの家で見たものとそっくりだったのだ。
そのことに気づき思わずリオンはパタンと本を閉じた。
「どうした?もう満足か?」
それまでいつものリオンよりも気分が高揚しているような様子だったのに、急に本を閉じたリオンが気になりイサクはリオンの表情をうかがった。
「……リオン、どうした?急にそんな怖い顔して。何か恐ろしいことでも書いてあったか?」
「いいえ……やはりこの国の夜は少し冷えますね。イサク様、ありがとうございました。あなたに風邪をひかせてしまっても悪いですしこのくらいで満足です」
そう花開く顔で笑ったリオンの顔をイサクは怪訝そうに見ていたが、追及することはなかった。
部屋までイサクに送ってもらい、おやすみなさいと挨拶をした後リオンはいつもの窓際の椅子にかけていた。
目の前にはあの本がある。
思わず小さなため息が出る。
こんなにも遠くへ来たのに、どうしてそっくりな物に出会ってしまうのか、と。
そっとその本の表紙に手を置くと、
あの夏に遊びに行ったあの家のことが思い出される。
(……私は全部置いてきたんだ)
そう思いその本をイサクが用意してくれた数多の本が置いてある隣の部屋に置きに行った。
校長には申し訳ないが、
隅の、目立たぬところに、そっと、リオンはその本をしまった。




