65:魔女と幼馴染
「今日は何のお話をしてくださるんですか?」
そう部屋に入って来たイサクに問いかける。
以前昼間にイサクが昔話をしてくれて以来、二人はしょっちゅうリオンの部屋でなんてことのない話をする仲になっていた。
随分と暑かった昼間とは違い、夜は涼しくすら感じるのはこの国特有の気候だ。
軽い羽織りものを羽織りながら今日は暖かいハーブティーを用意してもらった。
「そうだな……じゃあ今日はリオンの魔法の話でも聞いてみようか」
「あら、今日は私が話す番でしたか」
「前に聞かせてくれと言っておいたじゃないか」
そうでしたねとリオンはふふっとイサクに笑いかけた。
「魔女リオンにとって面白い魔術はなんだ?」
気づけばイサクはリオンが魔術のことを話す時は必ず名前に「魔女」とつけるようになっていた。
リオンにとってそれは嬉しくてたまらない呼び方で思わず笑顔になってしまうものだった。
「それは難しい質問ですね……なんでも面白いですから……うーん。あぁ、私、調薬が割と好きで」
「調薬?」
「えぇ。色んな材料を混ぜて、薬を作るんです。薬師の作る薬とは少し違ってその効能はちょっと変わったものを作るんですけれどね」
「毒でも作るのか?」
そう言われ、ふと脳裏に浮かんだのはあの3日間眠り続ける薬だった。
あの時は嫁いだ相手が嫌でたまらなくなったら飲ませてやろうとまで思っていたのに、目の前のこの人には飲ませようなんて思う日はくるのだろうかと疑問に思うほどだ。
「ふふっ、そういうものも、作ろうと思えば作れますが、イサク様に飲ませようなんて思っていないのでご安心してください」
そう言うとイサクはまいったなと目を細めた。
二人で話すその時間は、随分と穏やかでリオンはこの国に、この人に嫁いでよかったのだと思っていた。
だから、それ以上は何もいらないと、王女の顔で、そう思っていた。
「そういえば、イサク様。以前お話ししてくださった幼馴染の方とは相変わらずお会いできそうもなくて?」
「え?」
珍しくイサクが聞き直してきた。
彼は人の話をよく聞く。だから話すのが上手いし、どんな相手でも楽しませることができるのだ。
沢山の人間と話している時であれば仕方がないかもしれないが、リオンがイサクに聞き直されたのは覚えている限り、初めてだ。
「あ…えっと、ごめんなさい。聞いてはいけないことでしたか?」
突然聞き返されたことに驚き思わずリオンは謝ってしまった。
「……いや、急に話が変わったから」
そういうイサクはいつものリオンに見せる穏やかな表情だった。
「いや、顔は合わせた。けれど話はしなかった」
その答えにリオンは思わず寂しくなってしまった。会えたのなら、話したら良い。会えるのだから、と。
その様子に気づいてイサクが聞く。
「何故リオンが寂しそうにするんだ?」
「お会いできたのに、お話ができない事情はきっとおありなのでしょうけれど、目の前にいるのにお話しできないなんて、さぞ寂しかったのではと思いまして」
「リオンは、優しいんだな。……目の前にいても話せないのは仕方がない。この前はあまり詳しく話していなかったが、現国王と幼馴染の父親はあまり仲が良くなくてな。こちらから話しても、あちらから話しても、よく思わない人間もいるんだ」
そう話すイサクは前に幼馴染の話をしてくれた時のように窓の外に目をやっていた。
「会えるのであれば、こっそりとお会いしてみれば良いんじゃないですか?」
「やけにリオンは俺と幼馴染を会わせたがるな」
「うーん、多分羨ましいんです。昔から気心の知れている方がいることも、簡単にはお会いできなくても、お会いできる距離にいるということが。羨ましい、だから叶えて欲しいんです」
「……リオンには会いたい人間がいるのか?」
「イサク様の幼馴染のような方はおりませんよ」
そう笑って答えた。
けれどリオンは思わず口にした自分の言葉に後悔していた。
(会える距離にいるのが羨ましいだなんて…この口は、何を言っているんだろう)
「リオンは、嘘はつかないが本当のことは言わないな」
そう笑ってイサクが言う。
「わたしのこと、疑ってらっしゃるんですか?」
頬を膨らませるフリをして誤魔化すが、イサクにはきっとわかっているんだろう。
彼のことは好意的に思っているが、自分と同じようにその立場を演じられる人間だ。
リオンが言葉にしないようにしていることがあるなど、それが何かはわからなくとも、きっとお見通しなのだろう。
「リオン、もし会いたい人間や、国に帰りたいと思うことがあったら遠慮なく言ってくれ。あぁ、帰ると言っても一時帰国にしてくれよな」
そうイサクが笑って言う。
「お心遣い、ありがとうございます。でも、多分そんな日は来ないと思います。それほど私、ここでの暮らしが気に入ってますので」
そう言うとイサクはフッと笑った。
窓の外には、静かな空が広がり、大きな三日月を貼り付けたような夜だった。




