46:魔女とローブ
コツンコツンとヒールの音を響かせ城の廊下を歩く。
何故あんな風に馬車が迎えにきたのかという怒りよりも、学校に戻ってももう、これまでの生活がなくなったのだという絶望感の方が大きく、平静を装っていたが、心中は静かな、音もない暗闇のようだった。
(あと卒業まで1年だったのに)
そう暗い気持ちで歩いて呼ばれた部屋に向かった。
部屋に入るとニメアが優雅に座っていた。
「リオンさん、いらっしゃい。明日のお客様を迎える準備があるから少し早く迎えを送ったわ」
「そうですか。お気遣いありがとうございます」
微笑みを携え答えると、そのリオンを見て面白いものでも見たかのような表情をニメアは浮かべた。
「じゃ、部屋でゆっくりしていて良いわよ」
「お言葉に甘えて。失礼します」
そう丁寧に礼をし、部屋を後にした。
あの馬車を送ってきたのはニメアということだ。わざわざ呼び出して言うくらいだ。恐らく、リオンが身分を隠して学校に通っていることを今更知ったのだろう。それを邪魔してやろうという魂胆で予定よりも早く迎えをよこしたのは明らかだ。
自室の扉をパタンと閉めるとその扉にリオンは背を当て俯いた。
(あの生活を奪われないのであれば、何だってするのに)
そう思うとポツリと涙が部屋の絨毯に跡をつけた。
その日は何もする気が起きず、ボーッと窓際に置かれた椅子に座り、食事も断り、眠りについた。
翌日、予定通り来客があるとのことで支度を始めていた。
今日の客は、気合いを入れねばならない相手だ。
そう。西の隣国ハンザから王子がやってくるのだ。国王が何度も誘いをし、やっと実現した来訪だ。
昨日の出来事で気乗りは全くしなかったが、仕事は仕事だ。重い体に鞭打ち、なんとか気持ちを作り上げて行った。
(仕事なのだから、仕方がない)
そう思い鏡台に座ったもののひどい顔だ。
思わずため息をついてしまった時、扉をノックされる音が聞こえた。
入室の許可を与えると、黒髪の使用人が入ってきた。
「お支度の準備を手伝いに参りました」
「自分でできますので、結構です」
そういつものように答え、彼女が部屋から出るのを待っていた。
けれどもおかしなことに、その使用人は扉を開けようともせずリオンのことをじっと見ているようだった。
何かと思いその人のほうを向くと、あろうことかクスッと使用人が笑ったのだ。
流石のリオンでも、使用人に笑われるようなことは今まで一度もなかった。ついにここまできたのかと呆気に取られていた時だ。
「そんな顔して、もう。リオンちゃん、可愛いんだから、笑って」
その声には、聞き覚えがあった。
けれども見た目と声とが全く一致しない。
「エ、エミリア…さん…?」
「正解〜!!よくできました」
そうパチパチと可愛らしく手を叩く彼女はどう見てもエミリアではない見た目をしている。
「なんで……」
「ふふ。カイったら親まで小間使いよ。ひどいと思わない?昨日急に連絡あって、いいから城にいる人間と交代してリオンちゃんのところに行ってって」
どういうことだろうと首を傾げる。
「何が何だか分からずにきてみたけど、そのリオンちゃんの顔みたら、なんか納得しちゃったわ。そうそう、良いお土産、勝手にさっきドレスと一緒にかけておいたから」
「えっと、エミリアさん、その格好は……」
「凄いでしょう?変装、得意なの」
そう言ってくるりとその場で回ってみせる彼女の仕草はエミリアのものだ。
そして彼女はリオンの側により、そっとリオンの顔に手を伸ばし頬を撫でた。
「大変なことがあったのかもしれないけれど、女は愛嬌と、可愛げを無くしたら終わりよ。ね、笑って」
そう言った彼女の瞳は、たしかにあの深い、カイと同じ緑色の瞳だった。
エミリアの指先から温かいものがリオンに伝わってくる。
その感覚に思う。彼女は間違いなく、魔女だ。自分のことを元気にする魔法を使う魔女だ。そう思うとリオンの顔が綻んだ。
「エミリアさん、ありがとう。なんだか絶望していたし、きっと学校戻ってももう辛いだけかもしれないけれど、とりあえず今日を無事に終えられるように、頑張れる気がしてきました」
「やーん、リオンちゃん可愛い。ほんと好き!……っとそろそろ部屋でないと流石に怪しまれるわね。じゃっ私はこれで家に帰るから!まったねーん!」
そう言って扉を開けようとするエミリアをリオンは呼び止めた。
「あの、新作クッキー、美味しかったです!……今度作り方、教えてください!」
そう言うとエミリアはまたきゃっきゃと笑って頷いた。使用人の姿なのでなんだかチグハグだ。
「もっちろん!あ、ドレスと一緒にかけたもの、私のよりもリオンちゃんに合う刺繍にしてもらったから後でゆっくりみてね」
何のことかよく分からなかったがコクンと頷きエミリアを見送った。
エミリアが言っていたことが気になりそっとクローゼットの扉を開けるとリオンは目を丸くした。
(緑色のローブ……)
手に取ったそのローブはエミリアが前に着ていたものと同じ生地を使っているようだった。さっき彼女が言っていた通り、エミリアのものよりもどちらかと言えば綺麗めな感じのする刺繍が繊細に施されていた。
(笑ってって言ったくせに)
(こんなんじゃ嬉しくて泣いてしまう)
そうギュッとローブを掴んだ。
一息ついた後、いつも通り支度を済ませる。
キュッと引いた目元のラインはいつも以上の出来だ。
(エミリアさんに、お礼を言わなければ)
(カイにもまたお礼、しなくっちゃな)
そう思いながらリオンは部屋を出た。




