04:花の嵐②
(顔に似合わず嵐のような人だな)
そうリオンがいなくなった小さな広場でカイは思った。
普段他の生徒とはほとんど話さないのでリオンの質問のペースに正直ついていけなかった。魔術や魔法のことなら頭は回るが、他のこととなると何と答えようか考えているとリオンの次の質問が飛んできてしまうのだ。
リオンのことは知っていた。
というよりも、この学校の生徒なら殆どの人間はリオンのことは知っているだろう。
その容姿と、頭の良さがあるのだから本人は知らなくとも、ちょっとした有名人なのだ。
けれど自分とは生きる世界の違う、交わることのない人間だと思っていた。
だから昨日、教室で声をかけられた時は随分と驚いた。そもそも人から話しかけられることなどほとんどないカイにとって、人に話しかけられたこととその相手がリオンだったことに心底驚いた。
しかも今日も図書室から連れ出され話をされるなんて思ってもいなかったから尚更だ。
頭が良いと言うのは本当のようで、魔術に関わる話をしている時はそれを本当に理解しているとわかったし、何より興味関心が強いのだなと感じた。
生まれながらに魔術や魔法というものに囲まれて育ったカイは魔術について同じレベルで話ができるのは家族ぐらいだった。
それでもカイがこの魔術学校に通い始めた理由は、家族との話では偏りが出ること、いくら黒魔術師の大家と言われても家にある本と比べたらここの図書室の蔵書は比較にならないほど揃っていることが理由だった。
ひとつ息を吐いた後、図書室に戻ろうと思い立ち上がったとき、リオンが座っていた場所に、調薬の本が置いてあることに気がついた。
なんとなしに手に取りページをめくってみると、自分と同じような書き込みがあったものの、その書き込みの字が自分のものより随分と綺麗で、一目でリオンのものだろうと思う。
(嵐の忘れ物か…)
仕方がないと思いその本を手に持ったまま図書室に戻った。
***
週が明けた授業のある日、リオンは教室に入る少し前の廊下で立ち止まった。
カイが壁沿いに立っているのに気づいたからだ。
こうして見るとカイの身長はリオンよりも高い。この前話をした日は殆ど座っていたのであまり気にならなかったが明らかにリオンの目線よりも高いその目に向けて挨拶をした。
「カイ、おはよう」
そう笑って言うとカイは小さく頷くように頭を動かした。きっと挨拶を仕返してくれたのだろう。そして無言で本を一冊差し出してきた。
何だろうと不思議に思いその本を手に取るとすぐに自分のものだとわかった。
「え、これもしかしてこの前私置いてった?」
そう聞くとカイは先ほどよりはわかりやすく頷き一つだけ返してきた。
「えへへ、全然気づかなかったや。ありがとう」
そう花が綻ぶような笑みを浮かべリオンはお礼を言った。
横を通った他の男子生徒が一瞬立ち止まりリオンの表情を盗み見ようとしていることに本人は全く気づいていない。
用が済んだと言わんばかりにカイが教室に向かったのでリオンも後に続いた。その流れで思わずカイの隣の席につこうと思ったが、この前のミーナの様子を思い出し留まって、いつも座る何人かの友人の席の元へ行った。
その日の授業はいたっていつも通りのものだった。
ただ授業中にずっとカイが読んでいた、おそらく授業には関係ないだろう魔術書がなんなのかが気になって仕方がなかった。
あんなに前の席で堂々と授業と関係のない本を読んでいられるのはその成績があるからこそだろう。
(授業終わったら見せてもらおうっと)
そんなことを考えていると一瞬でその日の授業は終わった。
早々にミーナたちにはまた明日と挨拶をかわした後、リオンは図書室に向かった。
授業後に図書室に向かうのはいつものことだが、きっとカイも図書室にいるだろうと思ったからかいつもより早歩きで図書室に向かった。
けれどもこの前彼が座っていた席のあたりを見渡すがその姿はなく、リオンは少しだけ図書室の中をふらついたが、やはり姿が見えない。
折角読んでいた本を見せてもらおうと思ったのにつまらないなと思ったと同時に、この前連れて行かれた食堂の裏側の小さな広場にいるのではという考えが浮かんでそちらに足を運ぶことにした。
その小さな隠れた広場は相変わらず静かな場所で、この前座ったベンチの近く、芝生の上にカイが仰向けに寝転びながらなり本を読んでいた。
「お邪魔しても良い?」
そうカイの横に立って少しだけ首を傾げたリオンが聞くと、カイは本から目を外し2秒ほどリオンを見て起き上がった。
「何か、用か?」
「その本、なんだろうなぁって。授業中も読んでたでしょう?あんなに堂々と授業と関係ない本読めるの、すごいよ」
そうしゃがんでカイと同じ目線になり、少し意地悪に笑いながらリオンが言うと、カイはバツが悪そうに右手で頭をかいた後、本をリオンに向けてきた。
「大昔の、魔術書。図書室で特別貸出申請して借りた。言葉が今と違うから読めないところもあるけど、今じゃ使ってない魔法や魔術のことが書いてあって、面白い」
本を受け取りぱらぱらとリオンがめくっていくと、言われた通り何と書いてあるのかわからない単語が頻出していたが、読み進められないことはなく、見たことがない魔法陣やしらない調薬方法などが書いてあった。
「何これ、すごい面白い…」
「……やっぱりな」
「え?」
急にカイに言われた言葉に驚いてリオンは目を見開いた。
「やっぱりってどういうこと?」
「……この前話した時、魔術や魔法の理解度がすごいと思ったんだ。単純に頭が良いのもあるんだろうけど、興味関心があるんだろうからこういうの面白いっていうかと思って」
そうぼそっと言うカイの言葉にリオンは嬉しくなった。
「学年1位に……褒められた!!嬉しい!みんな聞いて!私褒められた!!」
誰もいないのにみんななどと言い始め、急にテンションが高くなったリオンにカイは若干引き気味の様子であったが、リオンはそんなことお構いなしに続けた。
「そうだった!ねぇ、どうしたら1番取れる?私も取ってみたい。勉強、教えてくれない?」
「教えなくても……十分だろう」
「うーん、だってカイずっと1位でしょ?私ずっと2位なの。その差は何だろうなって思って」
「1番も2番も変わらないだろ…」
呆れたようにカイが言うので、リオンは少しだけ口を尖らせた。
「そうかもだけど……あ、じゃあさ、図書室いる時、近くの席使っても良い?わかんないことあったらすぐ聞きたい」
は?とでもカイは言いそうな顔をしたが、放たれた言葉はリオンが望んだものだった。
「別に好…」
好きにしたら良い。どこに座ろうが個人の自由だろ、と言おうとしたところリオンの急な行動に阻まれた。
リオンはカイの右手を両手で握りぶんぶんと振り始めた。
「ありがとう!よろしくね!!」
そう言うとリオンは寮に戻って本を取りに行くと言って手を振りつついなくなった。
「……本当に、嵐だな…」
そうカイは独り言を言った。




