03:花の嵐①
翌日、サラは朝からアーロンと出かけていった。
リオンはいつもの休みの日と同じように図書室に向かった。
(今日はこの前の試験で間違えた魔法植物のところを勉強しよう)
図書室に到着すると人の数はまばらだ。休みの日にまで、しかも試験が終わった後にここにくる人は多くない。
それなのに。
いつもリオンが座っている席にたまたま人が座っていた。上級生だろう、その人にそこは私の席なんでなんて言えるわけもなく、どこに座ろうかとキョロキョロと図書室の中を見渡した。
そうしていると、見たことのあるようなないような人が図書室の一番奥の、窓際に向いた席に座っていた。
(カイだ)
そう思ったと同時にリオンはその方向へ足を向けていた。
カイの座る席から一つ開けた席に持っていた本を置き、そっと横から顔を覗き込むと、それに気づいたカイが走らせていたペンを止めた。
「ここ、良い?」
そうリオンが小さな声で聞くと、一拍置いた後に無言で頷きだけ返された。
席に着いたリオンは持ってきていた本を開こうとすると、すぐに手を止めた。
魔法植物の図鑑を持ってきたはずが調薬の本を持ってきてしまっていたのだ。
「はぁああぁ…」
思わずため息をし机に突っ伏した。
はしたないことこの上ない行動をできるのは学校だからだ。
図書室にも魔法植物の図鑑はあるのだが、リオンは自分の図鑑に相当な書き込みをしている。
それがないと何も頭に入ってこないので仕方がなく部屋に戻ろうかと思い顔を上げた時、横からの視線を感じた。
そっと横を見るとカイがこちらを見ていた。
引き攣ったような彼の顔からは何を考えているのかわからなかったが、きっとリオンの急なため息にうんざりしたのだろう。
「あ、ごめんなさい。持ってきたはずの図鑑、どうやら部屋に置いてきちゃったみたいで」
思わず彼に謝ると、カイの引き攣った表情は少しだけ緩み思いがけずリオンの言葉に答えてくれた。
「…何の?」
「魔法植物の」
そう答えると、カイはリオンが座る反対側に積み上げた本の中から1冊の本を取りリオンに差し出した。
自分のものじゃないとダメなのだと思う反面、折角話してみたかったカイが親切にしてくれてるのだから受け取らないといけないかと迷っていると、カイは怪訝そうに首を傾げた。
「必要ない?」
「いや、借りる」
そうカイの図鑑を受け取った。
(全然話と違うじゃん、ミーナは何を言ってるんだ)
そう思いながらパラパラとカイの図鑑をめくると、リオンは驚くこととなった。
リオンと同じように、沢山の書き込みがしてあったのだ。
系統ごとに分かれているその図鑑は、挿絵がすごくわかりやすく使いやすいが、効能が一緒の植物がわかりづらいのが難点で、リオンはその効能がわかるように自分で印をつけていた。そしてカイも同じことをしていたのだ。
「ねぇ、これ……」
思わずカイに声をかける。
「……書き込みで汚くて読めないか?」
「いや、真逆。私も同じようにやってるから。けど、私のよりもわかりやすくてびっくりした」
こんな書き込みができる人がいるのだと嬉しくなり、笑顔でカイの方を向いて話し続けた。
「この前試験でさ、ローデスリーの草の問題出たじゃない?あれ私間違えたんだけど、なんであの答えになるのかがいまいち納得できなくて」
カイは少しだけ黙った後につぶやくように口を開いた。
「あれはたしかに少しわかりづらい問題だったな…」
「ローデスリーは短期の記憶を消し去る効能があって、それを何と混ぜたら長期の記憶を消すのかってところ、選択肢の中ではフェリファナと混ぜたら良いんじゃないかと思ったんだけど、違ったんだよね」
「フェリファナもたしかに記憶を消し去る効能があるけど、あの問題は“長期で”だった。だからフェリファナじゃない」
「フェリファナは長期記憶消すものじゃないの?図鑑にもほら」
そうフェリファナの花が載ったページをカイに見せる。
「たしかに単体ならフェリファナが正しいけど、ローデスリーとフェリファナの効能が相まってお互いの効能を消してしまうんだ。だから5つの選択肢のうち、あり得ない3つを削除して、残りのフェリファナじゃないもの、ウィロンが答えだった」
「ウィロンは超短期効能しかないんじゃないの?」
「毒と毒を掛け合わせるとその毒が消えることがあるって授業でやっただろ。それの応用だろうな。短期効能のものを二つ掛け合わせると逆に長期になることもある……けど、そもそも植物の問題で調薬に近いことを聞いてきてたし、ウィロンもフェリファナも授業では扱ってないし習ってもない。あれは先生が問題を作ることに“酔ってる”問題だった」
そうカイが淡々と言うのでリオンは思わず笑ってしまった。
「酔ってるって良い表現だね。生徒の学力はかるためじゃなくて、どうだこんな問題は〜って自分に酔ってる感じ、わかる」
そう図書室なので小さく笑ったものの、先ほどから入り口近くの司書から痛い視線を感じていた。
「ねぇ、ちょっと外でない?ここだと話がしづらい」
そう言うと、カイは驚いたような、なんとも言えない顔をして一瞬動きが止まったように見えた。
こんなに話していたのに急にそんな顔をされリオンは少し戸惑った。
「…あ、勉強続けたいようだったら別に良いんだけど……」
おずおずとリオンが言うと、カイは無言で広げていたノートをたたみ荷物をまとめ始めたのでリオンも慌てて荷物をまとめた。
2人で図書室を出た後リオンは談話室に、とカイを誘ったが談話室は遠慮すると断られた。何故だろうと思っていると、カイは当てがあるのか一人歩き始めた。
リオンは何も言わずその後ろを歩いていき、ついてくるなとでも言われるかと思っていたが何も言われなかった。ついていくのは許されたのだろう。
カイの向かった先は、食堂のちょうど裏側、そこに通じる道があることなどリオンは、いやほとんどの生徒は知らないだろう、初めて知る場所だった。
食堂から寮に向かう途中の通路から横に入った細い道を抜けると小さな広場のようになっていた。そこにはさほど大きくはないベンチが置いてありそこに二人、端と端に座った。
学校の至る所に生えている白いリナリアがここにも沢山生えていて随分とのどかな場所だ。
「こんな所あったんだ、どうやって知ったの?」
そう聞くがカイは何も答えない。
「カイって呼んで良い?」
「え?あぁ…」
そう一言だけ返ってきた。
「ねぇ、カイの家って黒魔術師一家って聞いたけど本当なの?お家はどんな仕事してるの?」
単純な興味関心からそうリオンは聞いたが目を逸らし答えてくれない。悪いことを聞いたのかなと思い、別の話をと思い考えを巡らせる。
「あ、この前の試験のさ、あの問題面白くなかった?あの調薬の…」
「第二問?」
そうそう、と第二問の話をしながらリオンは頭の中では別のことを考えていた。
(この人どうやら魔術のことは話してくれるけど、それ以外のことは話さないんだな…)
そう思うと同時に、リオンの中でカイは魔術オタクだと認定した。それならそれで、仲良くなれそうだとも思い、新しい友人を見つけた気分になり嬉しくなった。
ひとしきり先日の試験問題のことを話した後、リオンは昨日サラが言っていたことをふと思い出した。これなら魔術のことじゃなくても話してくれるかと思いながら。
「ねぇ、アーロンって知ってる?アーロン・フィアソン」
「…知ってる…というか部屋一緒」
「え!本当に?私ね、アーロンと付き合ってるサラって子がいるんだけど、その子と寮、一緒の部屋なんだよね」
思いがけない繋がりに嬉しくなってついついリオンははしゃいでしまう。
「今日2人してどこ行ったんだろうね。朝からルンルンでサラ出かけていったから、嬉しい反面やきもち焼きそうだったよ」
そうはしゃぐリオンとは対照的にカイはあまり興味がなさそうな顔をしていた。
(やっぱり魔術の話じゃないと釣れないか…)
そう思いつつ、近くにあった辛うじて動いている時計を見るとハッとした。
まずい、今日は確か、まずい日だ。
すっかり忘れていたその用事を思い出し慌ててカイに挨拶をする。
「ごめん、用事あることすっかり忘れてた!また続きは今度話そうね!今日した話、楽しかったし勉強になった!じゃあね!!」
そう挨拶をして駆け足で寮の部屋に戻った。




