02:黒魔術
教室に入るとあちらこちらで朝の挨拶を皆がしている。
「あ、リオンおはよう」
そう声をかけてくれたのは2年になったこのクラスでほどほどに仲良くしているミーナだ。挨拶をしかえし、他の何人かの友人といつも座る席についた。
「リオン、相変わらず成績優秀ですごいね。美人で勉強もできるなんて」
少しだけ別の意味も含まれているような気のする言い方だったがリオンは気にしないことにした。
「えへへ、ありがとう。やった分だけちゃんと結果出て良かったよ」
そう答えると同時に、昨日の掲示板をリオンは思い出した。
「そういえば、カイ・ベイルって人、知ってる?いつも1番とってる人」
そう首を傾げてミーナに聞くと、ミーナも同じように首を傾げた。
「知ってる?も何も、同じクラスだし、なによりもあのカイを知らないの、リオン?」
あの、とは、どの、だ?と思いながら首を横に振ると、ミーナは驚き手を口に当てた。
「カイ・ベイルよ!あのベイル家の人間よ!」
「だからそのベイルさんて誰?」
「リオンって、ほんと、山の中で育ったんだね…あの有名な黒魔術師一家のベイル家を知らないなんて…」
山の屋敷の娘という設定はなかなか世間知らずな自分にとってはちょうど良かったのだなと少しだけ嬉しくなりながらミーナに聞く。
「黒魔術師一家?そんな一家がいるんだね。同じクラスって言ってたけどどの人?」
そう聞くと、ミーナは教室の窓際の前方のほうを顎でさした。
「あの、黒髪の子だよ。いつも一人であそこに座ってるじゃない。リオン、同じクラスの人間の名前くらい良い加減覚えたらどうなの?」
あははと適当に笑って、カイの座る方向を向た。見たことがあるような、ないような、その人は、朝から授業では使わない、ぶ厚い魔術書だろうものを読んでいた。
***
その日の授業が終わった後、リオンは一目散にカイの座る席に近づいた。
「ねぇ、どうしたら1番取れる?どうやって勉強してるの?」
そう唐突にリオンが聞くと、カイは真顔のままリオンを見た。
「ちょっと!リオン!」
カイに話しかけていることに気づいたミーナが後ろからリオンの着ているローブを引っ張っりその場から連れ去ろうとする。
「え、なになに?あ、ちょっと…ミーナ?」
そう言いながらミーナに教室の外まで引きずり出され聞かれる。
「何やってるの、リオン!相手はあのベイル家の人間なのよ?何かあったらどうするの?」
どういうことだと首を傾げると、ミーナは呆れたようにため息をついた。
「ベイル家は黒魔術師の一家。黒魔術ってリオンも勿論知ってるだろうけれど、人に危害を加えたり苦しめたりするためにあるものなのよ。それをお家芸として使う一家の人間とそうそうめったに関わるものじゃないって」
「え、でもただのクラスメイトじゃない?」
「はぁ、これだから田舎者は…」
そう言われるとリオンは心の中で、ごめんと思った。だってリオンは田舎者ではない、都会も都会のど真ん中で生まれ育ったのだから。
せっかくどうしたら試験で1番をとり続けられるのか聞こうと思ったのに邪魔されたなぁとは思ったものの、2年のクラスではまだそこまで親しくなりきれていない友人も多いのでせっかくこうして気にかけてくれたミーナのいうことをその日は聞くことにし、大人しくいつも通り図書室へ寄った後、寮へと戻った。
「ねぇサラ、カイ・ベイルって知ってる?」
風呂上がりのリオンの髪はまだ濡れていた。火照りのため、いつもよりも頬を桜色に染めながらサラに聞くが、彼女は勉強机なのか化粧台なのかわからなくなってしまっている机に向かって、西の国で流行っているという爪染を施していたので目を手元に向けたままだ。
サラの家は大きな貿易会社らしい。
だからこうした他国の流行り物には敏感だ。
貿易会社の娘が何故魔術をと思っていたが、どうやら魔法や魔術に関するものは国の間でも流通するようで、ものによっては高価な値段で取引されるらしい。
それの目利きもできるようにとサラはこの学校に通っていると入学当初に教えてもらった。
「あぁ、知ってるよ〜直接知り合いじゃないけど、アーロンは多分知り合いだと思う」
「え、アーロンは知り合い?なんで?」
「なんでって…カイとアーロン、1年の時同じクラスだったし、あれ?もしかしたら寮の部屋一緒だって言ってた気も…あんまり興味ないからちゃんと覚えてないけど」
アーロンはサラの恋人だ。
2人は1年の終わりに付き合い始めた。アーロンの一目惚れだったらしく何度もサラに言い寄って、やっとこの前サラがOKをだしたところだ。
「カイがどうしたの?」
そう塗っていた爪から顔上げリオンを向くと、サラの顔は引きつった。
「え、急にそんな怖い顔してどうしたの?」
「リオン、あんた、前も言ったけど風呂上がりは人に会ってないでしょうね?」
コクンと頷く。
「はぁ、もう本当にその顔はもはや罪よ、罪!女子寮だから会う可能性があるのが女だけでも!いつも幼めにメイクしている理由が本当によくわかるわ」
「だから私はサラだけのものだって〜」
そうデレデレすると、サラは呆れたように笑った。
「で、カイが何だって?」
「一緒のクラスって今日初めて知って、どうやったら1番取れるか聞こうとしたらミーナに話しかけるなって止められちゃったんだよね」
「あぁ、そういうことね。というか、やっとクラスの人に興味持ったのね」
「だって、2年でサラとクラス別になるなんて思ってもみなかったし知り合いほとんどいないし、サラが居れば私は十分だから…なんて言ったらアーロンのライバルになっちゃうね」
そう笑うとサラも笑いながら話し始めた。
「カイはベイル家の人間。ベイル家は黒魔術師一家として名高いから、まぁ周りの人にはあんまり良い印象ではないよね。実際どうかは私も直接知り合いじゃないから知らないけれど。けど、常に試験じゃ1位だし、頭は良いんだろうねぇ。よく図書室にいるって聞いたことあるけど、リオン、見たことないの?」
そう聞かれてもわからないので首を横に振る。図書室にいる時は本とノートとペンが友達なので周りにいる人がどんな人かなんて気にしたことがなかった。強いて言うのであれば司書くらいならわかるが。
「わかんないや。というかさ、何で黒魔術師一家だと周りは避けるの?今日話しかけようとしたらミーナに話しかけるなと言わんばかりに教室から引き摺り出されたんだよね」
そうリオンは少し俯きながら言った。
黒魔術は確かに恐ろしいものもある。人を呪ったり、苦しめたり、危害を加えるためのものだからだ。
直接危害を加えられたのであればカイを避けるのはわかる。けれど、そういう一家だということだけで避けるのは理解ができなかった。
リオン自身も城の中で、疎ましがられているというのを除いても、王女というだけで王族以外には話しかけられなかった。
寂しいなと何度も思ったけれど、そのことを口にするのは得策ではないと理解し何も言わないでいたが、自分以外の人が同じような状況にあるということがどうにも胸につかえるものがあったのだ。
「うーん、その辺りは完全にイメージ、だよね。関わって何か気に障ることをしてしまったら呪われるんじゃないか、みたいな感覚的なもの?この国の王族に国民が触れたがらないのと同じじゃない?私はあんまりわからないけど」
そうサラが言うのでリオンはドキッとした。
この国の王族は、国民から避けられている事実がある。嫌われているわけではないが、避けられている。
数代前の国王が独裁者と言わんばかりの強権をふるっていたため、国民にはそのイメージが強く残り、王族=恐るもの、という感覚が染み付いてしまっているのだ。
「わかるような、わからないような…」
リオンは顎に指をあて考えるが理解はできそうにない。そうしているとサラが優しく笑みを浮かべリオンに言った。
「気になるのなら、普通に話しかけてみたら良いんじゃない?リオンが誰かのことを気にするなんて、あんまりないんだし」
そうサラに言われるとリオンはサラに抱きついた。
「サラ、優しい。好き。大好き。一生ついてく」
そう言うと、サラは呆れたように笑って、はいはい、とリオンの背中を軽くたたいた。
リオンにとってサラは初めての友人だ。それだけで十分に愛すべき相手なのだが、その性格がリオンにとっては本当にありがたいものだったのだ。
勉強はそこまで得意ではないサラだが、頭は良い。常に目線は平等で、うがった見方をしない。
その髪型も相まってお人形のような可愛らしい見た目にも関わらず、さっぱりしているような性格は、クールと言われることもあるが、相手のことに干渉しすぎない良さがある。
けれども必要な時は側にいる、それが一番の優しさだということをサラは知っているのだ。
つくづくアーロンは良い人に一目惚れしたものだとリオンはよく思う。
「さて、明日私はアーロンと出かけるからそろそろ寝ないと肌に響くわ。リオンも良い加減髪乾かして寝る準備しなさいね」
そう言われコクンと頷くと、サラは2段ベッドの上の段に潜り込んでいった。




