37:事件の結末!(椎視点)
噂はすぐに広まった。
クラスメイト達はすぐに俺の言うこと鵜呑みにし、全ては目論み通りになる。
薊は、それに耐えきれず不登校になった。こちらにとっては、とても都合が良い。
娘を庇い、苦情を申し立ててくると思われた薊の両親は、結局何の動きも見せなかった。証拠がないにせよ、抗議ぐらいはして来るかと思ったのに。
俺は、そのまま高校三年生に進級した。周囲は相変わらずだ。
そして、俺も友人と騒いだり、こうして合コンに参加したりしている訳である。
女子生徒達と意気投合した俺達は、そのまま二軒目の店へ向かうことにした。二軒目は、一軒目よりも雰囲気の良い店を選ぶ。
全員安い一軒目でたくさん飲んでいたから、さほど金は掛からないだろう。
薄暗い店内に、洒落た音楽が鳴り響いている。
仕事を終えた会社員の姿も、ちらほらと見受けられた。この店は、カフェ兼バーとなっているので、酒を注文出来ない高校生でもそれなりの気分を味わえるのだ。
「ねえねえ、あの人モデルさんかなあ! 超カッコ良くない!?」
ふと、一人の女子がカウンターを指差した。
見ると、やたらスタイルの良いイケメンが、店員に酒を注文している。
黒髪に、すっと通った鼻筋、やたらと長い足。確かにイケメンだが、合コン相手が他人に気を取られているのは、ちょっと不愉快だった。
じっと見すぎた所為だろうか……イケメンが不意にこちらを振り返る。
一瞬、目が合った気がした——
「気の所為だよな」
「なになにぃ? どうしたの〜ぉ?」
「いや、何でもない」
俺は、再び会話の輪の中に戻る。
その後も、くだらない話で盛り上がり、何事もなく合コンは幕を閉じた。
友人は狙っていた女を逃し、俺は適当な女を一人連れ出すことに成功する。
二軒目の店を出た俺達は、並んで近くの公園を歩いていた。
連れ立って歩いている女に、駅まで送ると言うと、彼女は盛大に首を振って抗議した。
「ねえ、椎くぅん! 私、まだ帰りたくない!」
言うと思った。頭と股のユルい馬鹿女が。そこまで言うのなら、お望み通り遊んでやってもいい。元々、そのつもりだったしな。
女は、俺の腕にわざとらしく自分の腕を絡めてくる。
とりあえず、人のいない場所に女を連れ込もうと思った俺は、公園の奥に向かって足を踏み出したのだが……その足が突如地面を踏み抜いた。
「えっ!?」
瞬間、周囲の景色が一転し、俺は深い闇に包まれる。
「なんだよ、これ……」
さっきまで腕に纏わり付いていた女も消えていた。辺り一面、何も見えない闇だ。
ガサガサと、何かが動き回る音がする。けれど、闇で視界が奪われているため、それが何なのか確認することが出来ない。
不気味な音は、徐々に俺に近づいて来ていた。
ひゅるひゅると、何かが俺の腕に巻き付く。べたべたとした糸のようなものだ。
「キモイな。一体、どうなっているんだ?」
べたべたとする気味の悪い糸を千切っていると、突如闇の中から真っ赤な八つの目が浮かび上がった。
三メートルほど先に、そいつがいる!
その目は、まっすぐに俺の方に向けられていた。まるで、獲物を狙うかのような不気味な視線……
俺は、本能的に、それがヤバいものであると感じ取っていた。
再び、糸のようなものが俺に放たれる。今度は、両手と胴体を拘束するように粘ついた糸が巻き付けられた。
「やめろ、やめろよ……」
両腕を拘束された状態の俺は、赤い目とは反対の方向へと走り出した。なんだか分からないが、アレは危険だ!
背後でカサカサという音が聞こえる。俺を、追って来ているのだ。
恐怖に駆られた俺は、思わず背後を振り返って戦慄した。
すぐ傍に、真っ赤に光る目と、目が放つ光の前に伸ばされた毛の生えた太い茶色の足が迫っていたからだ。
ひゅるると、更に俺に糸が降ってくる。粘ついた糸の所為で、足が地面から離れない。
逃げられない——!
「嘘だろ?」
これは、夢か何かだろ? こんな馬鹿なことが、あってたまるか。
顔に生臭い息が掛かったと同時に、腹に激痛が走った。何かが……刺さっている!
「あ……ああ」
生温い液体が、じわじわと服を通して全身に広がっていく。これ、ヤバいんじゃないのか? 俺、出血しているんじゃないのか?
「ああああっ!」
続いて、足にも激痛が走る。立てなくなった俺は、あっけなく倒れて、顔から無様に地面に突っ込んだ。崩れ落ちた地面は俺の流した血で濡れている。
赤い目が、またすぐ傍まで迫って来ていた。次に刺されたら死ぬ……!
何故か、俺にはそう確信出来た。
しかし、急に赤い目の何かは、その動きを不自然に止める。
不審に思って顔を上げると同時に、頭上から声が降って来た。
「助けてあげようか? お前が、今までの罪を全て正直に告白して反省するなら、助けてやっても良いよ」
若い男の声だ。
「何言っているんだよ。罪? お前、誰なんだよ! ちきしょう、見えねえし!」
「ああ、明るい方が良いのか。人間って、暗闇が見えなくて不便だよね」
男の声と共に、辺りが光に包まれる。俺は眩しさに咄嗟に目を閉じた。
しばらくして、おそるおそる瞼を空けた俺は、自分の口から出ているとは思えないような声で絶叫していた。
目の前に、赤い目を持つ毛むくじゃらの巨大な蜘蛛の化け物が立っていたからだ。ソイツの前足は、血で真っ赤に染まっていた。きっとあの足で俺を刺したに違いない!
蜘蛛は、尚も俺を狙っている様子だが、動く気配はなかった。
巨大な蜘蛛の怪物の背後には、スラリとした細身の男が立っている。
黒髪のイケメン……あの二軒目の店にいた奴だ!
一体、どうしてそんな奴が目の前にいるのか……俺は、混乱しながら男を見つめた。
「どうするの? 白状する? それとも……」
「する!」
俺は、男の質問に即答した。今は、この男の正体など気にしている時ではないのだ。
この化け物に食われないのなら、何だって良い! 夢なのに、どうしてこんなに体が痛いんだよ!
「小学生の時、近所の駄菓子屋で万引きした。それから……」
「あー、そういうのは要らない。ここ一年であったことに限定して?」
「友達の彼女と寝た! 五股を掛けてた! 後輩から金を巻き上げた! 合コンで会った女を何人かヤリ捨てした! 反省している! これで良いか!?」
俺は、今までの罪を洗いざらい懺悔した。なのに、男は冷たい表情で首を横に振る。
「まだ、あるだろう? それとも、そのことはお前にとっては罪の内に入らない程に些細なことだったの?」
「……もしかして、あれか? クラスの女を一人……いや、でもあれは未遂で終わったし」
「ふぅん? 未遂……」
目に剣呑な光を浮かべた男が蜘蛛の体をポンポンと二回叩くと、蜘蛛が動きを再開した。
俺に向かって糸を吐き、体を白い塊で包んでいく。顔だけ出した状態で、全身を蜘蛛の糸に包まれた俺は、慌てて声を上げる。
「未遂だ! 本当だ! けど、その後で周囲に嘘をついて、その女を登校拒否に追いやった。その女はそれが原因で失踪した! これで全部だ! 俺が悪かった! もういいだろ、助けてくれよ! 全部話したら助けてやるって……もう、やめてくれよ!」
「う・そ・だ・よ。だって……そう訴えたあの子に、お前はなんて答えたの?」
黒髪の美形は、口元に弧を描きながら嗤った。残酷な笑みだ。
蜘蛛が動きを再開し、俺の体が絶望で赤く染まる。
再び戻って来た闇の中で、俺は迫り来る死の恐怖にうち震えることしか出来なかった。
※
「やめろ、やめろ、うわぁーーーー!」
「こら、朝礼中に大声で叫ぶのは止めなさい。それに、何だ……今の発言は」
聞き知った声が聞こえた俺は、叫ぶのを止めた。
この声は、担任の教師のものだ。一体、何故?
そう言えば、周囲が明るい。ここは、あの暗闇ではないのだろうか。蜘蛛は? あの男は?
冷静になって自分の置かれている状況を確認すると、何故か俺は高校の教室にいた。
腹や足から流れ出ていた大量の血は消えている。動くと怪我をした箇所から僅かに痛みが走るが、傷を受けた時よりも遥かにマシだ。治るの、早すぎないか……?
それにしても、どうして俺は教室にいるんだ?
黒板の炭に書かれている日付に目をやると、合コンの翌日の日付になっていた。
いつの間にか、一日経っている……!? 俺は、一晩あの暗闇の中にいたのか!? 今日はどうやって登校したんだ? やっぱり、アレは夢なのか?
まるで、狐に化かされたみたいだ……
「おい、椎! お前、「友人の彼女と寝た」って、まさかリサのことか!? だから、あの時……!」
友人の一人である男子生徒が、もの凄い表情で俺の方を睨みつけている。名前を出された女子生徒の方は、突然の事態に対処出来ずに真っ赤な顔を伏せていた。
「おいおい、それマジなのか?」
「五股とヤリ捨ての件は知っていたけどな。八重葎のことって、本当なのか!?」
他の男子生徒達も、俄にざわつき始めた。
「おかしいと思ったんだよ。八重葎って、絶対そういうこと出来なさそうなタイプだし……寧ろ、そういった知識ゼロっていうか」
「ひどぉい。椎君、嘘付いてたの? それに、リサのこと……何もこんな場所で暴露することないじゃない! サイテー!」
一体どうなっているんだ、何故、こいつらが俺の懺悔を知っている!?
俺は暗闇で蜘蛛の化け物に襲われて、あの黒髪の男が今までに犯した罪を吐けって言うから……
「八重葎さん、可哀想。だって、ニュースで散々変な子みたいに言われていたのに」
「そりゃあ、失踪もするわな」
何だ、それは。
どうしてクラスメイトが、今まで言っていたことが嘘のように、手の平を返して俺に非難の目を向けているんだよ。お前らも、一緒になって面白がっていたくせに。
その後、職員室へ呼び出された俺は、担任と校長、教頭と共にその隣にある生徒指導室へと入る。
「おい、君が朝礼で叫んでいたことは本当なのか?」
「……それは」
俺は、咄嗟に誤摩化そうとしたが、それは不可能だった。
嘘をつこうとすると、傷が猛烈に痛み出したのだ。あの化け物に刺されたときのような激痛である。
「……っ、本当、です」
だから、俺は正直に告白する他なかった。
「なんてことだ……」
担任教師が、両手で顔を覆う。一連の事件が、自分の責任になるのを恐れているのだ。
そんな彼の様子を見た教頭が、口を開いた。
「大事になる前に、何とかしなければ。幸い、八重葎さんのご家族は、今は遠方に行ってしまったことだし……」
校長と教頭は、事態を隠蔽する方向へ持っていこうとしている。これは、好都合だ。
しかし、俺は知らなかった。俺の口走った言葉が、クラスメイト達によりネット中に拡散されていたことを……
薊のときと同じように、俺の噂は光の早さで全国へとに広がっていったのである。
菖蒲サンが、何をやらかしたのかは後程。。。




