38:事件の真相!(菖蒲視点)
鴉から情報を得た私は、すぐに薊を傷つけた元凶に報復することを決めた。
力任せに狭間と人間の世界を結ぶ境界を突き破る。黒狐が別の世界へ行くことは極めて困難で、毎回膨大な力が必要だ。
しかし、そこで予想外のことが起きた。
境界を突き破る力が強すぎたようで……私は、人間の世界だけに留まらず、蜘蛛の世界の境界まで突き破ってしまったのだ。
※
もう少し。あと少しで、憎い人間に止めを刺せる。
目の前にいる巨大な蜘蛛の毛深い足は、全身糸に包まれた満身創痍の男に向かって伸ばされ——もうすぐ、その肉を突き破ろうとしていた……
その時だった。
突如、暗闇の中に白い狐が降って現れたのだ。艶々とした毛並の大きな狐は、闇の中ではとてもよく目立つ。
彼が来た意味を理解した私は、そちらに抗議の視線を向けた。
「薄、私の邪魔をしないでくれる?」
白い狐の正面には、虫の息の男が転がっている。
若い人間に襲いかかろうとしていた巨大な蜘蛛は、薄の術によって気絶していた。
彼は、もうすぐ空狐に手が届きそうな三千年級の天狐だ。狐であれ、蜘蛛であれ、並の者では太刀打ち出来ない。
「阿呆か、お前は! また、人間の世界で勝手に問題を起こしやがって! お前の所為で、狭間と人間界の一部と蜘蛛の世界の一部がガタガタになっている。こっちに来るときは俺を通せと言ってあっただろ。しかも、偶然結界をぶち抜いた先にあった蜘蛛の巣まで利用して……異種族間の問題になったら色々と面倒なんだぞ!?」
私の不満に構うことなく、毛を逆立てた白い狐は、ガミガミと捲し立てるように説教を始めた。親代わりでもある彼相手では、狭間で恐れられている黒狐も頭が上がらない。
しかし、私はこのまま素直に引き下がる気はなかった。
「煩いなあ、私が直接噛み殺す訳ではないよ? 以前、「次」があれば、あの男を許さないと言った筈だ。あの男は、薊の件を反省するどころか利用して、何度も面白可笑しく誇張して話していた。もう少しで、私は、あいつを……」
あの後……男が過去の過ちを反省して、大人しくしているのなら見逃そうと思っていた。
けれど、鴉の報告の中でのあいつは、反省するどころか、事あるごとに嘘で薊を貶めて自分の株を上げるような行為を繰り返していたのである。
「菖蒲。何度も言うが、薊は他人の死を望むような奴じゃない。これでいいんだ……」
「他の奴らも、全員蜘蛛の餌にしてやる予定だったのに!」
そう、無責任な噂を振り撒いた人間は、一人残さず鴉に報告を受けているのだ。
友人の信憑性のない話を真に受けて、更にその内容を誇張してテレビのインタビューやネット内で振りまく愚かな薊の同級生達。「目立ちたかった」「評価されたかった」「アクセス数が欲しかった」などという、くだらない理由が元だということも分かっている。
「そうなると思ったから止めに来たんだ。人間の世界での大量殺人はまずい……近頃は、後始末も面倒なんだ。唯でさえ、お前は黒狐の膨大な力を制御出来ないところがあるのに」
「……余計なお世話だよ。要するに、薄は後始末をしたくないだけだろう?」
図星だったようで、白い狐は僅かに視線を逸らせた。白い三本の尻尾が、気まずそうにゆらゆらと宙を漂っている。
「それよりも、お前が人間界に来る際に潰した狭間の一部は、ちゃんと修復してもらうからな! ちゃんと働けよ」
あ、話をすり替えて来たな……
文句を言おうにも、既に薄は人間の男を蜘蛛の世界と切り離してしまった後である。境界間を移動する技術は、それを生業とする白狐が圧倒的に長けているのだ。
「……納得がいかない」
あの男は、生きたまま人間の世界へと戻されてしまった。
元々、蜘蛛の世界と人間の世界の境界辺りにいたので、彼の命乞い……もとい、懺悔は人間の世界にもきちんと発信されてはいるが。
結局、その後すぐに、私は薄により強制的に狭間へと連れ戻されてしまった。そして、自分で壊した結界や、その他諸々の修復作業をさせられたのである……
薄の家の近くで、地道に破壊後の結界を直し、蜘蛛の世界と人間の世界を繋いでいた穴を閉じる。
ああ、こんな作業はどうでもいいから、早く薊に会いたいな……




