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39:狐の抱擁!

 その日、私は菖蒲の部屋で一人、テレビを見ていた。昨日から、菖蒲は用があって外出しているのである

 重大な役職を担う黒狐だから、きっと大切な用事なのだろう。


 時刻は昼過ぎだ。

 最近は鴉の襲来もなく、私は以前の日常のような平和な日々を過ごしている。


「では、続いてのニュースです」


 つけっぱなしのテレビから聞こえて来たアナウンサーの声につられて、なんとなく画面に顔を向けた私は、表示されている字幕を見て驚きに固まった。

 ——旭町女子高生失踪事件、全ての証言はデマだった!?

 とのタイトルが、デカデカと画面の下部に映し出されているではないか……!


「旭町女子高生失踪事件で騒がれていた女子生徒の性癖について、全ての情報が虚偽であったとの事実が判明いたしました。これは、失踪した女子生徒と同じクラスの男子生徒が……」


 女性アナウンサーが淡々とニュースを読み上げる横では、ワイドショー専門の芸人司会が、大袈裟に手を広げて目を見開いている。

 テレビ画面には誰の顔写真も出ていないが、きっと男子生徒というのは椎達のことに違いない。未成年だから、彼らの写真は使用出来ないのだろう。

 失踪した私のブサイクな写真は、沢山テレビに映されていたというのに、不公平な話だな。


「でも……どういうこと? 急にこんなニュースが出るなんて」


 私はテレビの前から移動し、菖蒲にプレゼントしてもらったパソコンの電源を入れる。最新式のパソコンはすぐに起動した。

 インターネットを立ち上げてすぐに現れたトップページのニュース項目には、テレビと同じ事件の情報が載っている。

 パソコン画面に映し出されたのは、「私に関するクラスメイトの証言は全てデマな上、そのうちの一人は、失踪した女子生徒に対して強姦未遂を働いていた」という情報だ。「犯人が、強姦未遂の件を隠蔽する為に嘘の情報を流して、女子生徒を不登校、失踪に追いやった」と書かれている。

 恐る恐る、椎のツイッターを見てみると、荒れに荒れていた。知った風にテレビのインタビューに答えていた同級生も、掲示板内で叩かれている。


 ニュースで言っていることは事実だ。けれど……


「なんで、あの事件が公になっているの?」


 あの椎が、自分からこんな情報を漏らすなんて思えない。

 つけっぱなしにしているテレビ画面の中では、校長と教頭がペコペコと頭を下げていた。

 学校の評判はがた落ちで、きっと来年の受験者数は減るだろう。推薦やAO入試組は、面接で苦労することになるかもしれない……


 ふと、背後に視線を感じて振り返ると、いつの間に返ってきたのか、菖蒲が静かに立っていた。


「ただいま、薊」

「……お帰りなさい、菖蒲」


 菖蒲は、椎達の情報を流しているテレビ画面を眺めると、おもむろにチャンネルを手に取りテレビの電源を切った。


「彼、自首したみたいだね。薄から「普通は警察に逮捕されて牢屋行き」と聞いたけれど……彼は、その限りではないみたいで残念だよ」


 菖蒲も、ニュースか何かで椎の情報を耳にしたのだろう。強姦罪は、被害者が訴えなければ成立しないと聞いたことがある。

 本来なら、強姦未遂と傷害罪、名誉毀損で捕まり、最長で三年くらいは少年院へ行くことになるが、生憎私は失踪中の身だ。

 きっと、椎は訴えられずにそのまま野放しにされているのだろう……

 まあ、あれだけ有名になってしまっては、普通に生活は出来ないに違いない。以前の私のように。

 けれど、菖蒲の元へ迷い込んだ私とは違い、椎には「狭間で暮らす」という選択肢もない。人間の世界では、きっとこの先生きづらいだろうな。

 私にとっては、もう関係のないことだけれど……

 冷めた目で、私はパソコン画面に映し出される文字を追った。


「薊、一日ぶりに会えたんだ。画面ばかり見ていないで、もっと可愛い顔を見せて?」


 肩に手を掛けられて、くるりと反転した私の視界の先では、愛おしそうに金色の目を細める菖蒲が微笑んでいる。

 彼の笑顔を見るだけで、先程まで冷えていた心が、ほかほかと温かくなった。


「……大袈裟ですね。たった一日なのに」


 そわそわと浮き足立つ心を落ち着かせる為に、私は至極真面目な表情で菖蒲を見つめ返す。

 そんな私を見ても、菖蒲は余裕の表情だ。彼の微笑みが、更に甘く蕩けそうになっている……やばい、つられそう。


「私のいない間、薊は何をしていたの? 困ったことはなかった?」

「大丈夫です。主に、この部屋で本を読んでいました。あと、テレビを見て、縁側でゴロゴロして、外を散歩して……」

「いつも通りで安心した。おいで」


 菖蒲に呼ばれた私は、少し歩いて彼の方へと近づく。

 手の届く距離まで来ると、菖蒲は私をがばりと抱き締めた。

 まるで、数年ぶりに再会したかのような、強い抱擁である。彼からは、ほんのりと花のような、お香のような良い匂いがした。ああ、菖蒲の匂いだなぁ……

 たった一日離れていただけだというのに、こうして彼に包まれていると、ひどく落ち着く。


「一人にしてごめんね」

「……平気ですってば。子供扱いしないでください」


 確かに、こちらの方が千歳以上も年下だけれど……私だって、もう十七歳なのだ。お留守番が出来ないような子供と一緒にしないでいただきたい。


「もう一人にはしないから許してね。薊は、私が絶対に守るよ……全てのものから」

「全てって……? 意味が分かりません」


 時々、菖蒲は暴走することがあるけれど……今日は、何でこんな風になっているのだろう?

 よく分からないまま、私は、菖蒲に抱き締められた状態で残り半日を過ごしたのだった。

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