36:事件の裏側!(椎視点)
あいつが親から放置されていることは知っていた。
世話を焼かなくても勝手にテストで優秀な成績を修め、恵まれた運動神経と芸術センスを持ち、親としての体面を守ってくれる娘。
これほど都合がよく、便利な子供はいない。
薊の両親が、うちの親にいつも自分の娘の自慢をしていることも知っていた。
直接的な自慢ではないが、最終的に自分の娘の有能ぶりを見せつける手口で、いつも子供の話題を提供してくる。
正直言って、ウザい。
娘の成績を自分の手柄のように語る薊の親も、それを真に受けて事あるごとに俺とあの女を比べるうちの親も。何も知らずに、暢気に学校に通う薊自身も。
でも、今は感謝している。なぜなら……
「ええーっ。椎君って、「彼女」と知り合いだったのー!?」
目の前の女が目を輝かせて俺の話に食いつく。
金髪の髪をグルグルと巻いている、派手な出で立ちの女だ。
友人に誘われて顔を出した近所の女子高との合コン。「あの話題」は、こういう場ではとても役に立つのだ。
「ああ、同級生だったよ」
「同級生っつーか、被害者だよなあ! だって、お前、体育倉庫で迫られたことあるんだろ?」
俺の話に、隣に座っていた友人が身を乗り出して補足する。狙い通りだ。
友人の目当ては、この金髪女のようだった。なんとかして女との会話に加わろうとしている姿が滑稽である。
「本当に、ヤバイ女だったんだねー。その子」
俺は、女の方を見ながら神妙に頷いてみせた。
他の女達も、話に便乗してキャーキャーと騒ぎ出す。こいつらの狙いは俺のようだ。
はしゃいだ声を出しながら、チラチラとこちらに目線を送ってくる。丸分かりだっつーの。
「その子、今も見つかっていないんでしょう?」
「見つかったら、刑務所行きなんじゃないの〜? だってその子が椎にしたことって、強姦未遂でしょ? 高校生で強姦未遂に走る女って、引くわ〜。しかも、あの外見で!」
一人の女の発言に、その場にクスクスと笑いが広がる。特に、女達の反応は顕著だった。
ここにいるのは、それなりに見た目の優れた女ばかり。
自分達の方が圧倒的に美しい容姿をしていると信じて疑わない彼女達は、優越感に満ちた言葉で口々に薊のことを貶める。
まあ、薊にどれだけ悪口を言ったって、その場に本人がいないんじゃあ止めることも出来ない。
薊が不登校になった後、あいつの父親は手のひらを返したように娘に見向きもしなくなり、母親はいつか元通りの都合の良い娘に戻ってくれるとの見当違いな望みを持ち続けていた。
自分のしたことがばれるのではと恐れた俺の心配は、取り越し苦労だったという訳だ。薊の家族は歪んでいた。
これでも、幼いときからずっと親同士が仲が良くて、幼稚園、小学校、中学校、高校と同じ場所に通い続けていたのだからよく知っている。子供同士は、全然仲良くなんてなかったけれど。寧ろ、薊のことは嫌いだったけれど。
だから、そんな女がクラスで孤立しているのを見るのは気分が良かった。ちょっと優しい言葉をかければ、薊は初めて親を見た雛鳥のように懐いてくる。勉強はできるが、頭の悪い人間の典型のような女だ。
薊を体育倉庫に呼び出したのは、ほんの気まぐれだった。
あの頃の俺は、志望校への成績が足りずにむしゃくしゃしていた。母親が、いちいち薊を引き合いに出して俺のテストの点数を非難するのにも腹が立っていた。
正直言って、俺は女には困らない。わざわざ、薊に手を出さなくったって、自分から言い寄ってくる相手などいくらでもいた。
それでも薊に声を掛けたのは、結局のところ、あいつに八つ当たりがしたかっただけなのだろう。
効果後の薄暗い体育倉庫に、馬鹿正直に薊は現れた。
何かを期待するように上気した奴の頬が、俺の神経を逆撫でする。
「俺に告白されるとでも思った? んな訳ねーだろ、お前みたいなブスで嫌われ者の女に惚れる奴なんていねえよ!」
少し他の人間よりも出来がいいってだけで図に乗りやがって。お前みたいなコミュ障なんて、誰も相手にしないんだよ。
馬鹿な薊は、俺の言葉を聞いただけで泣きそうになっていた。本当に見ているだけで腹の立つ軟弱さだ。
薊相手にその気になれるか分からないが、奴を埃塗れのマットに押さえつけて制服に手を掛ける。生意気にも抵抗してくるので、腹を数発殴っておいた。
そうだ、こいつの写真を後で散蒔いてやろう。優等生が体育倉庫であられもない姿になっているなんて、格好のネタになる。
俺は、薊を殴りながら、今後の行動について思いを馳せた。
それがいけなかったのだろう。突如、薊の足が上がったかと思うと、俺の顔面にヒットしたのだ。痛みに悶えている間に、奴は体育倉庫を逃げ出してしまった。
埃っぽい倉庫に、俺だけが残される。
「チッ、生意気に抵抗しやがって」
屈辱だった。
明らかに格下の薊に抵抗され、蹴り付けられ、逃げられたことが。
このままでは、腹の虫がおさまらない。
「それに……マズイな」
薊がこのことを必要以上に騒ぎ立てれば、俺の身が危ない。
俺は、だんだん物事を冷静に考えられるようになって来た。先程までは、完全に頭に血が上っていて周囲が見えなくなっていたのだ。
きっと、薊は彼女の両親にこのことを告げるだろう。そうすれば、奴の両親は学校に連絡するに違いない。それ以前に、薊が教師に直接告げ口する可能性もある。
「先手を打つか……」
俺は、急いでSNSで嘘の情報を友人達に一斉送信した。
どうせ、未遂で終わったんだ。俺は悪くない。学校だって、こんな事件があったなどと広められたくはない筈だ。
だから、「コミュ障かまってちゃんの妄想」でカタを付けてやる。
ごめんなさい、続きます。




