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27:狐とお昼寝!

 菖蒲の部屋から自室に戻った私は、頭を抱えて悩んでいた。


「ああ、私の馬鹿。本当に、何をやっているんだろう」


 菖蒲にあんな辛そうな顔をさせてしまうなんて……

 相変わらずの、自分の要領の悪さが嫌になる。彼に嫌な思いをさせたい訳ではなかった。

 人間の世界なら鴉に会うこともないし、一時でも菖蒲が番人の仕事を忘れられるかもしれないと思っただけなのに……

 けれど、それは私の身勝手な考えだった。

 なんとなく、菖蒲と顔を合わせづらくて、私は自室で本を読んで過ごすことにする。

 私の部屋は、菖蒲の家のほぼ中央に位置する窓のない部屋だ。ここへ来た当初、庭への逃亡防止の為に菖蒲が私に割り当てた部屋でもある。

 彼と夫婦になった後で、菖蒲から部屋を移らないかと言われたことがあったが、面倒なのでこのまま過ごしている。

 部屋の中には、机と座椅子と棚しかない。必要最低限の家具のみが置かれている。

 柊には、「もっと可愛くすればいいのに」なんて言われているが、私にインテリアのセンスはないので、今よりも悪化することは目に見えていた。

 押し入れから布団を引っ張り出して、床の上に広げる。


「これ以上ぐるぐる悩んでいても埒があかないし……一度眠ってリセットしよう」


 四方を壁に囲まれた部屋の中で、私は布団の中へと潜り込んだ。



「薊……眠っちゃったの?」


 波のように浮上しては沈み行く意識の中で、不意に菖蒲の声が聞こえて来た。

 しかし、またすぐに私の意識は深層へと落ちて行く。


「ねえ、薊。怒ってしまった?」


 菖蒲の声で水底深くに沈んだものが、再び浮かび上がった。

 怒る……なんて、見当違いもいいところだ。私は、菖蒲に対して全く怒ってなどいないのに。


「お願いだから、私のことを嫌いにならないで。傍にいて……」


 彼は、酔った時と同じようなことを言っている。傍にいてとお願いするのは、私の方だというのに。だって、きっと菖蒲がいないと私はもう生きて行けない。

 菖蒲は、包み込むように私の手を握る。髪に、口付けが降って来た。

 浅瀬にまで浮上して来た意識が、覚醒する。


「ん、んん……菖蒲? 部屋に来ていたんですか」


 私は、ゆっくりと布団から這い出て、菖蒲の前に座った。


「薊、さっきの話だけれどね……」

「あ、ああ。あれは別にいいんですよ。ただの思いつきで言ってみただけですし……気にしないでください」


 菖蒲を深く傷つけてしまった内容だ。もう、二度と言わないと決めている。


「薊……一緒に、出かけようか」

「……えっ?」

「旅行、行きたいのでしょう?」


 菖蒲から意外な言葉を聞いた私は、しばし唖然とする。


「旅行って? あの、菖蒲……無理をしなくてもいいんですよ?」

「人間の世界では、祝言と新婚旅行がセットになっているものなのだと薄に聞いた。私は、人間の事情に疎いから」

「いや、全ての人が新婚旅行へ行く訳ではないです」


 あの後、薄が菖蒲の元を訪れたみたいだ。何の話をしたのかは不明だが、新婚旅行の話題に触れたのだろう。

 なんだか、菖蒲が間違った解釈をしているようだが……


「ごめんね、薊。突然の話で、少し感情的になっちゃった」

「いいえ。私の方こそ、深く考えずにあんなことを言ってしまってごめんなさい」

「薊が謝ることはないよ。それで、どこへ行きたいの?」

「ええと、私のお小遣いの範囲なので、高価な宿には行けないんですけど。人間達の間で有名な温泉地を予定していました。温泉宿ならそんなに出歩きませんし、いいかなって」

「ありがとう。私の為に、色々と考えてくれたんだね」


 菖蒲は私を抱き寄せて、頭を撫でてきた。ちょっと恥ずかしいけれど、菖蒲に頭を撫でられるのは好きだ。


「でも、菖蒲。本当に無理をしていませんか?」

「していないよ。私も、人間の暮らしを知りたいと思う。それが、薊のことを知るのに役立つと思うから……もっと、薊のことが知りたいんだ」


 私達は、出会って半年くらいしか経っていない。一緒に仲良く暮らしてはいるけれど、私も菖蒲について知らないことがたくさんある。

 菖蒲が、私について知りたいと思ってくれるのを嬉しいと感じる一方で、過去の私についてはあまり知られたくないとも思う。

 だって……私の過去はろくなものではない。

 菖蒲に知られた例のニュースのことは勿論、小中高とまともに友人が出来なかったこと。クラスで孤立していたこと、家族から関心を持たれていなかったこと……

 今思い出しても、汚点ばかりである。菖蒲に知られるには、情けなさ過ぎる過去だった。


「あの、菖蒲が思っているほど、私の過去は良いものではありませんよ? どちらかというと、苦い記憶ばかりです」

「そうなの。じゃあ、私と同じだね。でも、幼い日の薊も、きっと可愛かったのだろうな」

「……特に可愛くなかったです。それは、親馬鹿ならぬ婿馬鹿というやつですよ」


 そう口にしつつ、私は近くにいる菖蒲にもたれ掛かった。

 ああ、やっぱり菖蒲が好きだなあと思いながら。

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