28:狐と温泉宿!
狭間ほどではないが、昔ながらの町並みが並ぶ温泉街を、菖蒲と一緒に歩く。彼は、緊張しながらも私について来てくれた。
私の右手は、菖蒲にしっかりと握られている。やっぱり、まだ少し不安なのかもしれない。
通りの両側には土産物屋が軒を連ね、その前を浴衣を着た男女が手ぬぐいを片手に歩いていた。
「平日だからでしょうか。空いていますね」
「人が多いのは慣れないから、この方が助かるよ……あれは何?」
「温泉まんじゅうと、温泉卵と、地酒とサイダーですね」
菖蒲は、宿に着く前だというのに地酒に狙いを定めている。なんだか微笑ましい光景だ。
彼は、いつも狭間の境界で過ごしていたので、何でも物珍しいのだろう。菖蒲がこの旅行を楽しんでくれているのなら、私はとても嬉しい。
「先にお宿へ行きませんか」
「そうだね」
イケメンの菖蒲は、人間の世界では注目の的だ。店の売り子達が、彼はモデルか何かなのかと騒いでいる。
彼と私の瞳は目立つので、ここではカラーコンタクトで黒く色を変えていた。
「ご兄妹ですか?」
宿の受付で、従業員の男性にそう尋ねられた。まあ、そう見えるよね……
私は高校生だったし、外見は年よりも更に幼く見える。
しかし、菖蒲は、にっこりと笑って訂正した。
「夫婦だよ」
「……失礼しました。ご夫婦でしたか」
そう言葉を返す礼儀正しい従業員は、内心驚いていることだろう。
菖蒲と二人、彼に客室へと案内される。
「あれ? なんだか、部屋広くない?」
私が予約したのは、一番お安いプランだったと思うのだが……
どう見ても、この部屋は良い部屋だ。お値段も張りそうである。
「ふふっ。一番いい部屋取っちゃった」
「取っちゃった……って、菖蒲?」
「差額は私持ちだから、薊は何も気にしないで良いんだよ?」
「いや、でも。菖蒲は、人間の世界のお金なんて持っているのですか!?」
「勿論だよ。狭間には、各世界の紙幣を交換出来る両替所があるんだ。番人の給料は破格だからね」
「……そうなんですか」
「うん……使い道はないけど。やっと、お金の出番が来たね」
知らなかった。菖蒲がお金を稼いでいたなんて……!
「ふふっ、そんなに驚いて。可愛い顔」
菖蒲は、嬉しそうに私を見ている。
「……確かに、あの暮らしでは使い道がなさそうですね」
必要なものは短冊でほぼ揃ってしまうし……
あの短冊は、番人特典だそうで、普通の天狐の家にはないらしい。菖蒲の犠牲の引き換えにと、過去に長が送ったものだとか。
だから、菖蒲の稼いだお金は、今まで使われることなく眠っていたのだろう。
従業員が去ると、私は広い部屋の中を見て回った。
部屋自体は和室だが、畳の上に敷く布団とベッドの両方がある。好きな方で眠って良いということらしい。
洗面台も綺麗で広いし、風呂はジャグジーだ。ベランダの外に、露天風呂まである。
「薊、楽しそうだね」
興味深く部屋を見て回る私を観察しながら、菖蒲が目を細めている。
「楽しいです。こんな部屋、生まれて初めてだし」
「私も、人間の世界の宿は初めてだよ。薊のおかげで見ることが出来た」
菖蒲の言葉に嬉しくなった私は、近くのベッドに倒れ込んで、赤くなった顔を隠した。




