25:狐とお花見!
朝から事件の起こった今日は、薄と柊を招いたお花見の日でもある。
私は、必要なものを取り揃えて準備をしていた。
「薊……」
「はい、何ですか?」
なんだか、菖蒲の元気がない。今朝、躑躅に会った後くらいからだ。
「……いや、やっぱり何でもないよ」
「でも、菖蒲。何か言いたそうにしていましたよ?」
「もうすぐ薄と柊が来るよ。外に出ておこうか」
「……あ、はい」
菖蒲に促されて、私は家の外に出る。
私の準備した荷物類は、天狐マジックで、全て桜の木の下に全て運ばれていた。
周囲は灯籠の灯りだけで薄暗く、いつ見ても幻想的な風景だ。私が初めてこの場所を訪れたときと同じである。
それっぽく提灯をつり下げた桜の木の下だけが、ひときわ明るい。
闇の中にぼうっと浮かび上がる大きな桜は、ちょっと迫力がある……
提灯の下には、既に薄と柊が座っていた。
「ああ、もう着いたの?」
菖蒲の声に、柊が笑顔を返す。
「今来たところよ。いいわねぇ、夜桜」
お重に入った夕食を皆で広げて食べていると、家族みたいだ。
誰一人として、血は繋がっていないけれど——
あの学校での事件があった翌日から、私が家族と共に食事をとることはなくなった。いつも、部屋にこもって一人で食事をしていた。
自分にこんな日が来るなんて、思ってもみなかった。全部、菖蒲達のおかげだ。
「おい、菖蒲。ちょっと飲み過ぎじゃないのか?」
一人で日本酒を三本空けている菖蒲に向かって、薄が注意する。
「菖蒲……いつの間に、そんなに飲んでいたのですか!?」
「大丈夫だよ。天狐は人間と違って酒に強いのだから」
菖蒲は、私に向かってヘラリと笑いかけた。酔っているのかいないのか、一見しただけでは判断出来ない。
私の心配を余所に、菖蒲は四本目の瓶に手を掛ける。
「今日は、飲みたい気分なんだ」
そう言う彼の顔は、赤くなってはいない。口調も正常だ。
「何かあったのか?」
薄にそう聞かれた私は、今朝の出来事を話した。
それを受けた彼が、眉をひそめる。
「まったく、迷惑な奴らだ。昔、柊にちょっかいを掛けて来た奴もいたな」
「そういえば、そうねぇ……懐かしいわ」
頬を染めた柊が、遠くを見た。
鴉の求愛は、かなり無差別なようだ。
「まあ、春さえ乗り切れば大丈夫だ。夏になれば、あいつらはケロッとした顔で去って行く」
「……まだ、春になったばかりですね」
私が溜息をつくと、薄が苦笑いした。
菖蒲は、その間も熱心に酒を飲んでいる。やっぱり、いつもと違っていて心配だ。
花見がお開きになった後、私と菖蒲は家に戻った。
家に戻っても、菖蒲の様子がおかしい。
「菖蒲、大丈夫? お酒を飲み過ぎて気分が悪いのですか?」
人付き合いの苦手な私は、こういう時にどうしたら良いのかが分からない。
とりあえず、水を汲んで来たものの、菖蒲の周囲でオロオロするばかりである。
「薊、私なら心配要らないよ。酒にも酔っていないし」
「でも、なんだかいつもと違います。もしかして、今朝のことですか?」
そう質問した私の背中に、菖蒲の手が回る。
菖蒲は、縋るように私を抱き締めた。
「菖蒲……?」
「私は、薊を手放したくない!」
私は、抱き締めてくる菖蒲の顔を覗き込んだ。金色の瞳が、不安げに揺れている。
「薊のことを信じているけれど、落ち着かないんだ。薊が、私の知らないうちに鴉に攫われたらと思うと……それに」
「それに?」
「もし、薊が自由を望んだら……その時、私は」
菖蒲が私を抱き締める力が、ぎゅっと強くなった。
「今でも、私は自由気ままに生きていますよ? いつも、菖蒲の家で好きなことをやっているじゃないですか」
「それでも……あと二千年近く、この状態で平気なの? この敷地内から一歩も出られないのに?」
菖蒲は、苦しげに言葉を紡ぐ。そんな彼に向かって、私は自分の意思を伝えた。
他人とコミュニケーションを取るのは苦手だが、今は逃げても良い場面ではない。菖蒲は、私にとって大事な相手なのだ。
「菖蒲。まず、私は元々自室に籠っていた人間です。これだけ広い敷地内で生活出来ているので、閉塞感なんて感じません。次に、私は別に色々な人に会いたいなんて思いません。人付き合いは苦手です。仮に、私が一人この敷地外へ出たとしても身を守れる術がないです。長の屋敷に行った時のようなことになれば、簡単に天狐に喉笛を噛み切られてしまいます。そんな危険な場所に自ら赴きたくありません」
「……それでも、私は薊を不憫に思う。手放すことなど出来ないくせに、身勝手な思いを抱いてしまう……」
「それは、余計な心配というものですよ? 私は、今が人生で一番楽しいのに」
どうすれば、菖蒲に分かってもらえるのだろうか。
菖蒲は、私のことを信用して自由を与えてくれた。
私は、本当はどこへでも行けるのだ。どこでも好きな場所に行けるけれど、敢えて菖蒲の傍にいる。
けれど、菖蒲は未だに私を失うことを恐れていた。
彼は、こんなにも素敵な人なのに、役目故に自分に自信が持てないのだ。
「春の間中、薊を家に閉じ込めておきたいなんて酷いことを考えてしまうんだ。以前のように……」
「菖蒲が安心出来るのなら、それでもいいですよ」
「駄目だよ。ごめん、ごめんね、薊。私のことを嫌いに、ならない、で……」
「……菖蒲!?」
言葉が途切れたことに気付いて彼を見ると、私を抱きかかえたまま器用に眠っていた。
「もしかして、やっぱり酔っぱらっていたの? 急に眠っちゃったし……」
菖蒲は、いつもなら話さないような内容も喋っていた気がする。
寝顔も綺麗な菖蒲を見つめながら、私は彼が悲しまない方法を考えることにした。




