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24:鴉と狐と元自殺志願者!

 翌日、私は裏山に散歩に来ていた。

 まだ朝も早く、頂上から狭間の様子を眺めると街全体に朝靄がかかっている。


「綺麗だなぁ」


 長の屋敷の周辺がピンクに色づき、街も春らしく色付いている。

 人間の世界と同じく、狭間でもいたるところに桜が植えられているようだ。


「へぇ、地上にしてはいい景色だね」


 不意に、背後でバサリと大きな羽音がした。驚いて振り返ると、昨日の黒髪の男が立っている。

 彼は、親しげな笑みを浮かべながら私に近づいて来た。

 菖蒲に飛ばされた相手がここにいる理由がわからず、私は混乱する。


「あ、あの……?」

「いつも、君はこの場所に来るの?」


 吸い込まれるような青い瞳が、不思議そうに私を覗き込む。


「……よく来ますが。あの、近いです」


 男は、私の周りをぐるぐると回りながら距離を詰めてくる。

 菖蒲に追い出された筈なのに、本当にどうやってここまで入り込んだのだろうか。


「僕、躑躅(つつじ)。君の名前は?」

「……薊」


 私は、コミュニケーション能力が低い。

 初対面の相手、しかも異性と何を喋ったらいいのかなんて不明だ。男に聞かれるままに、名前を答えてしまった。


「そう、薊って言うのか。やっと聞けた……昨日は、余計な邪魔が入ったからな」


 躑躅という青年は、にこやかに笑って私に目線を合わせた。


「昨日の人は、その……私の、お、お婿さんです!」

「へぇ、そうなんだ」

「だから……」


 既婚者への求愛行動をやめてください! ……と、言いたいのだけれども。

 もし、違っていたら恥ずかしい。自意識過剰な子みたいだ。

 だって、私なんかに求愛とか……よく考えたらありえない。ましてや番だなんて、きっと何かの間違いだ。

 椎の時みたいに、馬鹿にされるのが関の山のような気がしてきた。


「ねえ、薊は人間?」

「そう、です……」


 私は、ジリジリと躑躅と距離を取りながら返事を返す。

 菖蒲と薄以外の男性は苦手だ。イケメンは、もっと苦手だ。

 お願いだから、私に関わらないで欲しいと思ってしまう。


「どうして、狐の縄張りに人間がいるんだ?」

「それは、私が菖蒲——昨日の人の嫁だからです……」

「人間の世界から連れて来られたの?」

「いいえ、私がこの場所に迷い込みました。菖蒲が私を保護してくれて……その時、雨が降って」

「狐は変わった嫁の取り方をするんだったな。雨が嫁を連れて来るとか……」

「……と、菖蒲達は言っていました」


 躑躅は、薄桃色の桜柄の着物に手を掛ける。


「薊、狐の嫁はやめて僕の番になりなよ」

「……」


 やっぱり、昨日のあれは聞き間違いではなかったらしい。

 雨も降っていないのに私に求愛するなんて、この人の目は大丈夫なのだろうかと心配になる。

 前髪を切られて、薄く化粧をするようになって多少は見栄えがマシになったものの、根本的な私の顔は変わっていないと思うのだ。つまり、美人ではない。


「僕なら、狐といるよりも楽しい思いをさせてやれる」

「……駄目です。独身者を当たってください」

「ねえ、薊。僕と出かけない? 上空から街の様子を見せてやるよ」


 断っているのに、躑躅は私の話にまったく耳を傾けてくれない。

 着物からも、手を退けてくれない。イケメン、怖い……!


「そうだ、薊をここから攫ってしまおうか」

「困ります。や、やめて……あ、あや、め——」


 昨日の約束の通り、私は菖蒲を呼んだ。こんなに動揺した震え声で聞こえるのかは微妙だが。

 菖蒲には迷惑を掛けたくないのに、鴉一匹自分で撃退出来ないなんて……情けなくなってくる。


「ねえ、二人でデートすれば気が変わるかもしれないだろう?」

「だから、駄目ですって! 私には菖蒲がいるのに、他の人とデートなんて……」

「そういうのも萌えるな」


 私を抱えようとした躑躅が、腰手を回そうとしたとき、つむじ風が起こった。


「燃やすよ——鴉」

「菖蒲……」


 私の声を聞き届けてくれたのだろうか。あんな小さな声を。

 どちらにしても、彼が来てくれて心強い。


「どうやって、ここに入って来た? 昨日、閉め出した筈だよね?」

「鴉の執念を甘く見るなよ。昨日一日掛けて、なんとか隙間を見つけたんだから。ここまで入り込みにくい結界は初めてだ。忌々しい」

「忌々しいのはそっち。薊は私の嫁だと言った筈だよね」


 険しい表情の菖蒲が、背後から私を抱きすくめる。


「この通り、私達の間にお前の入り込む隙なんかないよ。早く諦めて他を当たるんだね」

「でもさ。僕と一緒の方が、この子は幸せになれるんじゃないか? 若いのに、こんな山奥に引き蘢って暮らすなんて気の毒だろう?」

「……お前には関係のないことだよ」


 菖蒲の黒い尻尾が現れ、宙を舞う。感情が高ぶると、菖蒲はすぐに尻尾を出してしまうのだ。

 私は二人の言い争いを止めるため、会話に口を挟んだ。


「あの、私はこの暮らしを気に入っているので、心配ご無用です」

「薊は、外の世界の楽しさを分かっていないだけだよ」

「……私、あんまり外には出たくないと言うか……外は怖いと言うか」


 私の引き蘢り癖は、今も健在だ。

 だからこそ私は、菖蒲との今の生活に大変満足している。


「そういうことだから、他を当たってよ。鴉」


 菖蒲がそう言うと、突風が吹き付けて再び躑躅を結界の外へと追いやろうとした。

 躑躅は、空中を回転しながら私に向かって笑いかけるという器用な芸当をする。


「薊、また会おう!」


 そういい残した躑躅の姿は、結界の外へと消えたのだった。

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