東京編 第6話「RAという影」
いつも読んでくださりありがとうございます。
第6話では、4人がある施設を発見します。
矢印の印を残したのは誰か。
RAという組織は何なのか。
まだ謎の方が多い。
でも、少しずつ輪郭が見えてくる——
ゆっくり楽しんでいただければ嬉しいです。
矢印は、北を指し続けていた。
4人は廃墟の通りを北へ歩いた。奈々が先頭に立って、壁の印を確認しながら進む。印は途切れなかった。百メートルごとに、必ず同じ場所に現れる。電柱の根元。ビルの角。車のドア。まるで誰かが意図的に——丁寧に、確実に——道しるべを刻んでいったみたいに。
「計画的だ」と奈々は呟いた。
「誰かが、俺たちの動きを予測していた」とガルドが低く言った。「あるいは——誰かが来ることを、最初から知っていた」
その言葉が、空気に沈んだ。
シアは何も言わなかった。ただ黙って、矢印を見ながら歩いていた。
ケンが奈々の手を握ったまま、きょろきょろと周囲を見ていた。
「ねえ奈々ちゃん」
「なに?」
「この印を描いた人、いい人だと思う?」
「……なんでそう思うの?」
「だって、道を教えてくれてるから」
奈々は少し考えた。
「そうだね。悪い人なら、道案内はしないかもしれない」
ケンは満足そうに頷いた。
奈々も、実はそう思っていた。
二十分ほど歩いたところで、矢印が途切れた。
その代わりに——建物があった。
地上四階建ての、コンクリートの建物。窓はほとんどが板で塞がれている。入口のシャッターは降りていたが、端が少しだけ歪んでいた。こじ開けられた跡だ。
奈々は建物の壁を見た。
矢印はなかった。
代わりに——別の印が刻まれていた。
矢印とは全く違う。もっと複雑な、幾何学的な紋章。丸の中に交差した線が走っていて、まるで組織の紋章のような——
シアが、その紋章を見た瞬間、足が止まった。
「……シア?」と奈々が振り返った。
シアの顔から血の気が引いていた。手の甲の呪紋が、微かに熱を持っているのが奈々には見えた。
「知ってる? この紋章」
シアはしばらく黙っていた。それから、小さく頷いた。
「……白衣の人たちが、このマークの入ったバッジをつけていた。私を実験していた人たちが」
静寂が落ちた。
全員が、その言葉の意味を理解した。
矢印を残したのが誰かはまだ分からない。でも——この建物は、シアを実験していた組織の施設だ。
「入る」と奈々は言った。迷わなかった。「何かが分かるかもしれない」
シャッターの隙間から、4人は中に入った。
暗かった。窓が塞がれているせいで、外の光がほとんど入ってこない。スマートフォンのライトをつけようとして——電池残量を見て、奈々は止めた。残り八パーセント。使えない。
目が慣れるまで待った。
やがて、輪郭が見え始めた。
広い空間だった。倉庫のような造り。でも——ただの倉庫じゃない。
壁に棚が並んでいた。棚には、何かが置かれていた形跡がある。今は空だ。でも形から、容器のようなものが並んでいたことが分かる。
奈々は棚に近づいた。
棚の端に、小さなラベルが貼ってあった。文字が印刷されている。かすれていて読みにくいが——
数字と、記号。そして見覚えのあるアルファベット二文字。
RA
「ここ、あの紋章の組織の施設だ」と奈々は言った。
全員が静止した。
ガルドが周囲を見渡した。「何を置いていた場所だ」
「分からない。でも大量に、何かを保管していた。そしてそれを——持ち出した」
奈々は床を見た。車輪の跡がある。重いものを運んだ跡だ。
シアが、棚の一つに近づいた。空になった棚の奥に、何かが残っていた。小さなガラスの容器。中身は空だが、底に微かに液体の痕跡がある。
シアがその容器を手に取った瞬間——
手の甲の呪紋が、一瞬だけ強く熱を持った。
シアは息を呑んだ。奈々はその表情を見た。でも何も言わなかった。シアも何も言わなかった。
容器をそっと棚に戻して、シアは後ろに下がった。
奥に進むにつれて、施設の全貌が見えてきた。
複数の部屋があった。一つは機械が並んでいた形跡がある部屋。一つは、人が長期間滞在していたような部屋——折りたたみのベッドの跡、食事の痕跡。そして一つは——
鍵がかかっていた。
いや、正確には——鍵がかけられていた形跡がある扉。今は鍵が外されている。中を誰かが開けた後に、再び閉めた。
奈々は扉を押した。開いた。
中は小さな部屋だった。
壁に、紙が貼ってあった。
地図だった。
東京の地図。そしてその上に、いくつかの点が打たれている。赤い点と、青い点。赤い点は街のあちこちに散らばっている。青い点は三つ。一つは今いる場所の近く。一つは東京の東側。そして一つは——
地図の中心部に、大きな青い点。
「これ……」と奈々は呟いた。
「拠点だ」とガルドが低い声で言った。「複数の拠点がある。ここは末端の一つだ」
「じゃあ、中心の青い点は——」
「本拠点だろう」
奈々は地図を見つめた。
これは組織だ。個人じゃない。東京全体に網を張った、巨大な組織。
その組織が——この混乱の中で、何かを動かしている。
その時、音が聞こえた。
シャッターの方から。
入口から、何かが入ってくる気配。
ガルドが剣を抜いた。奈々はケンを後ろに下げた。シアが壁に手をつく。
暗闇の中から、二つの黄色い目が光った。
変異が深く進んだ個体だった。
通常の変異体より一回り大きい。腕が異常に長く歪んでいる。動きは速い。
さらに——もう一体。
二体が、ゆっくりと近づいてくる。
狭い施設の中。ガルドの巨剣を大きく振るえる空間はない。
「シア」とガルドが短く言った。
「……分かった」
シアが影を伸ばした。一体の足を縛る。ガルドが動いた。狭い空間でも、剣の柄を使って——一撃。一体が倒れた。
もう一体が奈々たちに向かってきた。
奈々はケンを庇いながら後退した。逃げ場がない。棚が邪魔をしている。
「奈々ちゃん!」
ケンの声で振り返った。
棚と棚の間に、細い通路があった。大人には通りにくい。でも子供なら——
「ケン、そこ!」
ケンが通路に滑り込んだ。奈々も続く。変異体が追ってこようとして——棚に詰まった。体が大きすぎて通れない。
その一瞬の隙に、ガルドが背後から仕留めた。
静寂が戻った。
全員で、息をついた。
「……二体だった」と奈々は言った。「前よりずっと少ない」
「施設の中だから」とガルドが答えた。「群れは形成しにくい」
ケンが棚の陰から出てきた。顔が青白い。でも立っている。
「大丈夫だった?」と奈々が聞くと、ケンは小さく頷いた。
「……うん。奈々ちゃんが教えてくれたから」
シアが壁にもたれていた。影縛りを使うたびに消耗している。その顔に、疲労が滲んでいた。
でも——さっきより、少しだけ表情が柔らかかった。
4人は施設を出た。
外の空気は冷たくて、でも地下よりずっとましだった。
奈々は施設を振り返った。
RAと刻まれたラベル。謎の紋章。空の容器。地図の青い点。
何を保管していたのか。何のために。シアを実験していた組織と、どう繋がっているのか。
まだ分からないことの方が多い。
でも——分かってきたことがある。
この混乱は、偶然じゃない。
奈々はスマートフォンを取り出した。電池残量を確認する。七パーセント。
それでもメモアプリを開いて、短く打ち込んだ。
―――――――――――――――
謎の組織「RA」。東京に複数拠点。
何かを保管・輸送していた。
本拠点は地図の中心部。
シアの施設と同じ紋章——繋がっている。
矢印の印とRAは別物。矢印を残したのは誰?
―――――――――――――――
打ち終えて、スマートフォンを閉じた。
「行こう」と奈々は言った。「まだ明るいうちに、安全な場所を見つけないと」
ガルドが頷いた。ケンが奈々の手を握った。シアが静かに立ち上がった。
4人は歩き出した。
地図の中心部——本拠点があるであろう方向を、奈々は一度だけ見た。
まだ行けない。まだ準備が足りない。
でも——いつか、必ずそこへ行く。
矢印を残した人物が誰なのか、まだ分からない。RAという組織が何なのか、まだ分からない。
でも——一つずつ、明らかにしていく。
赤い空の下を、4人は歩き続けた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
奈々のメモに「矢印を残したのは誰?」
という一行を入れました。
この謎の答えは、もう少し先で。
シアが施設の紋章を見た時の反応——
あの一瞬に全てが詰まっています。
次話も読んでいただけると嬉しいです。
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