表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末の証人  作者: GrayAmber
2/20

東京編 第2話「空から落ちてきた男」

前話を読んでくださりありがとうございます。


第2話では、奈々の運命を変える出会いが始まります。


ゆっくり楽しんでいただければ嬉しいです。


 轟音が空から降ってきた。


 衝撃波が路地を駆け抜けて、奈々は咄嗟に頭を抱えてしゃがんだ。


 地面が揺れた。壁のモルタルが崩れ落ち、白い粉塵が舞い上がる。


 爆発かと思った。だけど違う。


 何かが、落ちてきた。


 粉塵が晴れると——路地の中央に、巨大な人影があった。


 全身を黒ずんだ金属鎧で覆った男が、片膝をついて着地していた。身長は二メートル近い。背中には人間の背丈ほどもある巨大な剣が無造作に括りつけられていて、鎧のあちこちに古い傷跡と、まだ新しい血の染みがある。


 変異した六体が、男に向いた。


 男はゆっくりと立ち上がった。


 背中の巨剣を片手で引き抜く。金属が擦れる甲高い音が路地に響いた。刃渡りは優に一メートルを超えていた。それを男は、まるで木の枝でも握るみたいに軽々と構えた。


 変異した一体が飛びかかった。


 男は動じなかった。


 一歩だけ横にずれて、飛びかかってきた体を剣の腹で弾き飛ばす。壁に激突した変異体が崩れ落ちた。残りの五体が一斉に動いた。


 奈々は息を止めて見ていた。


 男の動きに無駄がなかった。速くもなく、華麗でもない。ただ重くて、正確だった。剣を振るうたびに地面が揺れるような錯覚があった。五体が次々と地に伏していく。最後の一体が男の腕に噛みつこうとした瞬間、男は鎧の籠手でその顎を掴み、そのまま地面に叩きつけた。


 静寂が戻った。


 男は剣を下げて、ゆっくりと周囲を見渡した。


 路地の壁、アスファルトの地面、頭上の電線、遠くのビル群——全部を、初めて見るものを見る目で確認していく。


 奈々は無意識に男の動きを追っていた。


 柔道サークルで先輩に言われたことがある。「本当に強い人間は動きが静かだ」と。あの男がまさにそうだった。無駄な力みがない。重心の移動が最小限。六体を相手にしながら、一度も体勢を崩さなかった。


 そして男と目が合った。


 奈々は構えを解けなかった。震えたまま、壁に張り付いていた。


 男の目に敵意はなかった。深い疲れと、かすかな安堵があった。そして——何か大切なものを、もう持っていない人の目だと思った。なぜそう感じたのかは、分からなかった。


「……ここが、あの神の言っていた場所か」


 言葉の意味が分かった。言語が違うはずなのに、まるで最初から知っていた言葉みたいに頭に入ってくる。


 男は奈々を見たまま静かに言った。


「お前は、感染していないな」


 奈々は自分の膝を見た。擦り傷だけだ。


「……してない、と思う」


「ならいい」


 それだけ言って、男は再び周囲に視線を向けた。その横顔に、深く刻まれた傷跡があった。右目の上から顎にかけて走る、一本の古い線。


 奈々はゆっくりと構えを解いた。


「私は秋乃奈々。あなたは?」


 男は少し間を置いてから答えた。


「ガルドだ」


 短く、それだけだった。


 奈々は少しだけ笑った。名前を聞いた。名前を教えてもらった。それだけで、なぜか少し息ができる気がした。


「どこから来たの」


「別の世界だ」


 奈々は黙った。


 否定できる材料が何もなかった。空は赤くて、人間は暴徒化していて、目の前には空から降ってきた鎧の巨人がいる。「別の世界」が、今この状況で一番筋の通った答えに思えた。


 廃ビルの一階に身を潜めた後も、奈々の手は震えていた。


 さっき見たものが頭から消えない。


 喰われていた。人間が、人間に。男性の声が途切れるまでの数秒が、何度もループして頭の中で再生される。吐き気はまだ完全には消えていなかった。


 ガルドは何も言わなかった。


 ただ入口に背を向けて立ち、外を見ていた。その背中が、なぜか奈々を少し落ち着かせた。少なくとも今この瞬間、自分は一人じゃないという事実だけが、かろうじて奈々を現実に繋ぎ止めていた。


 しばらくして、奈々は口を開いた。


「……話せる? あなたのこと」


 長い沈黙があった。


 ガルドは窓の外を見たまま、ゆっくりと答えた。


「聞きたいことがあるなら」


 ガルドが話してくれたのは断片的な情報だった。自分の世界でも同じことが起きた。空が赤く染まって、人間が変異し始めた。


 家族を、と言ったところでガルドは一瞬黙った。


 窓の外を見たまま、動かなくなった。


 奈々は何も聞けなかった。


 しばらくしてガルドは続けた。何者かが意図してこの混乱を引き起こしている。そう確信しているが、誰が、なぜかはまだ分からない。そして「神」と名乗る何かの声が聞こえた。「別の世界へ行け」とだけ言って——気づいたらここにいた。


「神に会ったの?」奈々は聞いた。


「声だけだ。姿は見ていない」ガルドは少し考えてから続けた。「だが……敵じゃないと思った。あれは俺たちを助けようとしている、そんな気がした」


「根拠は?」


「ない。ただの感覚だ」


 俺たち。


 奈々はその言葉を拾った。


「他にもいるの? あなたみたいな——別の世界から来た人が」


「分からない。だが神はそう言っていた。『お前だけではない』と」


 奈々は少し考えてから口を開いた。


「なら、その人たちを探した方がいい。一人より二人、二人より三人の方が生き残れる確率が上がる。この街でどこに向かうべきか、情報を集める必要もある」


 ガルドは奈々を見た。


「お前が動けるのか」


「戦えない。柔道ちょっとかじった程度で、さっきみたいに壁に張り付いてるだけだと思う。でも——考えることと、動くことはできる」


 ガルドはしばらく奈々を見つめた。何かを確かめるような目だった。


「お前が頭を使うなら」とガルドはゆっくりと言った。「俺が体を使う。それでいい」


 奈々は小さく頷いた。


 窓の外では世界が燃えていた。


 奈々は窓枠に手をついて、炎に照らされた東京を見つめた。


頭の中で情報を整理しようとした。


分かっていること。赤い空。暴徒化した人間。

別の世界から来た男。神と名乗る何かの声。


足りない。全然足りない。


でも——始まりとしては十分だ。



 私は今見たことを、覚えていようと思った。

誰かが記録しなければ、


あの男の人は誰にも知られないまま消える。

それだけは、嫌だった。


 この夜が、全ての始まりだった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


ガルドという男を、どう感じていただけたでしょうか。

多くを語らない男ですが、その沈黙の中に

全てが詰まっていると思って書きました。


次話では物語が少し動き始めます。

感想・評価いただけると励みになります。

よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ