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終末の証人  作者: GrayAmber
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東京編 第1話「普通の朝が終わる日」

はじめまして、GrayAmberです。


この作品は、終わりを迎えた世界で

出会った者たちの物語です。


異なる世界から召喚された異邦人たち。

そして崩壊した現代に生きる一人の女の子。


彼らを招いたのは「神」。

でもその理由を、まだ誰も知らない。


ゆっくり読んでいただければ嬉しいです。


 目覚まし時計が鳴る三分前に、秋乃奈々は目を覚ました。


 カーテンの隙間から差し込む光が、六畳一間のアパートの壁を細く切り取っている。枕元のスマートフォンを手探りで掴み、時刻を確認する。午前七時五十七分。


 「……また早く起きた」


 声に出してから、一人暮らしだということを思い出す。四月から始まった大学生活は、まだ一ヶ月しか経っていない。実家のリビングで家族の声を聞きながら朝を迎えていたあの感覚が、まだ体に染み付いていた。


 ベッドから起き上がり、顔を洗って着替える。朝食は昨日買ったコンビニのパンを一つ。冷蔵庫には飲みかけのペットボトルと、柔道サークルの練習で使う湿布が数枚あるだけだ。


 入学して最初の週、友達に誘われてなんとなく入った柔道サークル。激しくはないけど、体を動かすのは嫌いじゃなかった。受け身の取り方とか、組み手の基本とか、先輩たちに教わりながら週二回通っている。強くなりたいとか、そういう大それた理由じゃない。ただ、なんとなく続けていた。


 今日は一限目に講義がある。奈々はバッグを肩にかけ、部屋を出た。


 五月の空気はまだ少し冷たかった。


 渋谷駅に着いたのは午前九時過ぎだった。


 スクランブル交差点はいつも通りの喧騒に満ちていた。スーツ姿のサラリーマン、制服の高校生、観光客らしき外国人が入り混じり、信号が変わるたびに人の波が交差する。


 奈々はイヤホンを片耳だけつけながら、信号待ちをしていた。


 プレイリストをスクロールしていると、ニュースアプリの通知が画面の上から落ちてきた。


 【速報】東京都内複数区で原因不明の発症者急増。症状は高熱・意識混濁・暴徒化。政府は現在調査中


 奈々は通知を一秒見て、画面をスワイプして消した。


 よくあるやつだ、と思った。インフルエンザが流行り始めたとか、食中毒が出たとか、そういう大げさな速報。大学の友達もきっと誰も気にしていない。


 信号が青になった。


 人の波に乗って歩き始めた——その瞬間、空が赤くなった。


 爆発じゃなかった。


 音もなく、閃光もなく、ただ空の色が変わった。朝の青が、腐った血みたいな深い赤に変わっていく。じわじわと、まるで空が内側から滲んでいくみたいに。


 奈々はイヤホンを外した。


 周りの人たちが一斉に立ち止まり、空を見上げる。交差点の真ん中で、何百人もの人間が同時に空を見上げた。その光景が、なぜか夢の中みたいに奇妙に見えた。


 次の瞬間、悲鳴が上がった。


 交差点の端にいた数人が、突然動きを止めた。立ったまま表情を失い、首だけをゆっくりと動かして周囲を見渡し始める。目の色が変わっていた。白目が充血して、虹彩が濁った黄色に変色している。


 なにあれ。


 思った瞬間、その一人が隣にいた女性に飛びかかった。


 女性が悲鳴を上げる間もなかった。


 男は女性の肩口に歯を立てた。骨まで達するような、鈍くて重い音がした。女性の絶叫が交差点に響き渡り、それが引き金になったみたいに、他の変異した人たちも動き始めた。


 パニックが爆発した。


 奈々は走った。


 頭で考えるより先に体が動いた。人の流れに逆らって、低い姿勢で、壁際を走る。柔道サークルで叩き込まれた「転倒しない走り方」が勝手に出てきた。だけど密集したパニックの人波に押されて、路地の入口で足がもつれた。


 膝がアスファルトに激突した。鋭い痛みが走る。


 立ち上がりながら後ろを振り返った瞬間——見てしまった。


 交差点に取り残された中年の男性が、三人の変異した人たちに取り囲まれていた。男性は必死に逃げようとしていたけど、足を掴まれて転倒する。そのまま——


 奈々は目を逸らせなかった。


 喰われていた。


 人間が、人間に喰われていた。


 血が飛び散って、変異した人たちはそれでも止まらなかった。男性の声が途切れるまで、わずか数秒だった。


 膝が震えた。


 頭が真っ白になった。ホラー映画で似たようなシーンを見たことはある。でもこれは違う。匂いがある。音がある。リアルタイムで、目の前で、人間が消えていく。


 吐き気がした。


 逃げなきゃ。


 自分の声が頭の中から聞こえた。


 足が動いた。


 路地を三本曲がって、細い裏道に入った。


 人通りがなくなった。


 奈々は壁に背中をつけて、その場にしゃがみ込んだ。心臓がうるさいくらいに脈打っている。膝から血が流れていて、ジーンズが赤く染まっていた。


 やばい、と思った。


 なんとなく——血の匂いで引き寄せられる気がした。さっきの人たちは鼻をひくつかせていた。噛まれたら感染する。引っかかれても。血液が傷口に入っても——


 自分の膝を見た。


 変異した人たちには触れていない。転んだだけだ。感染はしていない……たぶん。


 深呼吸を一つした。


 落ち着け。状況を整理する。


 赤い空。暴徒化した人間。人を喰う。さっきの速報。


 これ、病気じゃない。


 なんかもっと、別のことが起きている。そう思った瞬間——背後から足音が聞こえた。


 振り返ると、路地の奥から四体の変異した人たちが歩いてきていた。


 歩き方がおかしかった。まっすぐじゃなくて、左右に揺れながら、でも確実にこっちに向かってくる。目の黄色い光が薄暗い路地の中で鈍く光っていた。鼻をひくつかせている。


 膝の血だ、と気づいた。


 奈々は反対方向に走った。


 だけど路地の先は行き止まりだった。


 煉瓦造りの壁が行く手を塞いでいる。左右も建物の壁で、登れる足がかりがない。振り返ると四体がじわじわと距離を縮めてきていた。さらに路地の入口から新たな影が二つ加わった。


 六体。


 奈々は壁を背にした。


 柔道サークルで習った組み手の構えを取る。手が震えていた。先輩に「筋がいい」って言われたこともある構えだけど、今は全然意味がないと分かった。一体でも来たら終わりだ。


 それでも構えるしかなかった。


 先頭の一体が腕を伸ばした。


 届く——と思った瞬間

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


次話では、いよいよ

空から「何か」が降ってきます。


感想・評価いただけると

次を書く力になります。

よろしくお願いします。


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