東京編 第12話「信じるか信じないか」
いつも読んでくださりありがとうございます。
第12話では、チームが初めて
「同じ方向を向いた」瞬間を描きました。
信じるとは言葉ではなく、
選択だと思っています。
ゆっくり楽しんでいただければ嬉しいです。
朝食を食べながら、アルが地図を広げた。
マンションのロビーに、八人が集まった。マンションに先からいた三人——中年の女性・若い男性・足の悪い老人——も、少し離れた場所から加わった。
「今日から動く」とアルは言った。「計画を話す」
誰も反論しなかった。
アルは地図の上の一点を指した。東京の中心部。昨日話したRA本拠点の場所だ。
「正面突破はしない。三段階に分ける。第一段階——本拠点の周辺を偵察して、人員配置と出入り口を把握する。第二段階——夜間に潜入して、内部の構造を確認する。第三段階——解毒薬と情報を確保して離脱する」
「どのくらいかかる」とガルドが聞いた。
「早ければ三日。遅くとも五日」
「リスクは」
「潜入中に見つかれば全滅する可能性がある」
アルは淡々と言った。
誰も笑わなかった。でも誰も怯まなかった。
計画の説明が終わった後、ガルドがアルの隣に来た。
背丈が全然違う。ガルドは二メートル近い巨体で、アルは細身の長身。並ぶと奇妙な組み合わせに見えた。
「一つ聞く」とガルドは言った。
「何だ」
「お前は俺たちを生かしておいた方が得だから、俺たちに協力している。そういうことか」
アルは少しの間、ガルドを見た。
「最初は、そうだった」
「今は?」
アルはロビーの奥を見た。ケンが老人に何か話しかけていた。老人がかすかに笑っていた。
「……今は、理由が変わってきている」
「どう変わった」
「まだ言葉にできない」
ガルドはしばらく、アルを見ていた。
それから——静かに手を差し出した。
アルは手を見た。それから、ガルドの顔を見た。
ガルドは何も言わなかった。
アルはゆっくりと、その手を握った。
昼前に、偵察に出ることになった。
全員が動くのはまだ早い。今日は奈々・ガルド・アルの三人で、本拠点の周辺を見てくる。シアとケンはマンションに残る。
「私も行く」とシアが言った。
全員が振り返った。
シアは少し顔を赤くしていたが、目を逸らさなかった。
「足手まといにはならない。影縛りなら——状況を見て使える。一人多い方がいいはず」
奈々はシアを見た。
シアが自分から行くと言った。昨日まで、シアは「どうすればいいか」を誰かに聞いていた。今日は違う。自分で判断して、自分の言葉で言った。
「アル」と奈々は言った。「シアがいた方が、計画通りに動けると思う」
アルはシアを見た。呪紋のある右手を、一瞬だけ見た。
「……連れてく」とアルは言った。「ただし、俺の指示に従え」
「分かった」
出発前に、ケンが奈々の袖を引いた。
「奈々ちゃん」
「何?」
「お母さんのこと——忘れてないよね」
奈々はケンの目を見た。
怒っているわけじゃない。ただ、確認したかっただけだ。
「忘れてない」と奈々は言った。「絶対に」
ケンは頷いた。
「分かった。行ってきて」
奈々はケンの頭に手を置いた。ケンは少し照れたような顔をした。
四人は本拠点の周辺に向かった。
地図を頼りに北から南へ。アルが先頭で、感染者を避けながら細い路地を選んで進んでいく。一度も迷わない。この街をどれだけ調べ尽くしているのか——奈々には想像もつかなかった。
「向こう」とアルが静かに言った。
路地の先に、大きな建物が見えた。他の廃墟とは違う。窓に板が打ちつけられていて、入口の周囲に車が並んでいる。人が意図的に置いたものだ。
「人がいる」とガルドが低く言った。
「RA?」と奈々は聞いた。
「そうだ」とアルは答えた。「見張りが二人。建物の東側にもう一人いるはず」
奈々は細く息を吸った。
感染者ではない人間の敵——これが初めてだった。感染者は本能で動く。でも人間は考える。罠を張る。
その時、路地の奥から足音がした。
アルが即座に手を上げた。止まれ、の合図。
四人が壁際に張り付いた。息を殺す。
足音が近づいてくる。一人。二人。
RAの巡回兵だった。黒い服。腰に拳銃。懐中電灯で路地を照らしながら歩いてくる。
奈々は壁に背中を押しつけた。心臓が速い。
光が路地を舐めるように動いた。
一メートル先まで来た。
ガルドが奈々の前に体を割り込ませた。無言で、静かに。
光が——止まった。
巡回兵の一人が、何かを感じたのか足を止めた。懐中電灯をこちらの方向に向けたまま、動かない。
奈々は息すら止めた。
五秒。十秒。
「……何でもない」と巡回兵が呟いた。
足音が遠ざかっていった。
四人は、しばらく動けなかった。
路地を抜けて、安全な場所まで戻ってから、全員が息を吐いた。
「……見えてたか?」と奈々は小声で聞いた。
「見えていなかった」とアルは答えた。「だが、気配を感じていた。一歩でも動いていれば気づかれていた」
ガルドは何も言わなかった。でも奈々には分かった。あの瞬間、ガルドが奈々の前に出たのは——反射だった。考えてやったことじゃない。
シアの手の甲の呪紋が、まだかすかに熱を持っていた。
「偵察は十分だ」とアルは言った。「戻る。今日はここまで。見て・記録して・帰る。それだけでいい。戦闘は潜入の時まで取っておく」
マンションに戻った。
アルが集めた情報を整理した。見張りの人数、交代のタイミング、建物の出入り口。奈々は頭の中で同時に記録し続けた。
「第二段階は明後日の夜にする」とアルは言った。「それまでに体を休めろ」
ガルドは頷いた。シアは地図を見ながら何かを考えていた。
奈々はアルに近づいた。
「一つだけ聞いていい?」
「何だ」
「今日、シアの手を見てたよね。呪紋のある方を」
アルは少しの間、黙った。
「……気づいていたか」
「気づいてた。何か知ってる?」
アルは奈々を見た。その目が、いつもより少しだけ複雑な色を持っていた。
「今は言えない」
「なぜ」
「確信が持てていない。確信のないことは言わない」
奈々はアルの目を見た。
嘘ではない。この人は嘘をつかない。確信が持てていないのは本当だ。
「……分かった。確信が持てたら教えて」
「ああ」
夜になった。
ケンが眠る前に、ガルドの隣に座った。
「ガルドって、怖くないの?」
ガルドはケンを見た。
「何が」
「あそこに乗り込むこと。負けるかもしれないのに」
ガルドは少しの間、前を向いていた。
「怖い」とガルドは言った。「怖くない人間はいない」
「じゃあなんで行くの」
「怖いままで行くのが、戦うということだ」
ケンはその言葉を、ゆっくりと噛み締めた。
「……そっか」
しばらくして、ケンは眠った。
奈々はその様子を見ながら、頭の中に刻んだ。
怖いままで行くのが、戦うということだ。
消灯後、アルが入口に立っていた。
奈々が近づくと、アルは静かに言った。
「明後日から、本当の戦いが始まる」
「分かってる」
「死ぬかもしれない」
「分かってる」
アルは奈々を見た。
「なぜ行ける」
奈々は少し考えた。
「怖いままで行くのが、戦うということだって、誰かが言ってたから」
アルは何も言わなかった。
でも——奈々には分かった。
今、アルの中の何かが、ほんの少し動いた。
赤い夜の中で、八人は眠りについた。
明後日、動き出す。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
ガルドの台詞——
「怖いままで行くのが、戦うということだ」
この一言が書きたくて、
この章を書いたと言っても
過言ではありません。
次話から本格的に動き始めます。
次話も読んでいただけると嬉しいです。
感想・評価いただけると励みになります。
よろしくお願いします。




