第六章 それぞれの明日(5)
エミリアから地球へ向かう船上。狭いキャビン。僕は一人。
「ジーニー・ルカ」
静かに呼びかける。
「何でしょうか、ジュンイチ様」
「カロルからマジック鉱は出ないのかい?」
「なんのことでしょうか。前提条件をお示し下さい」
とぼけやがった。
「一般論として聞こうか。政治に、君の直感能力を使うべきだと思う?」
「いいえ、直感推論は論理的な検証を受け付けません。政治とは合理性の連鎖ですから、直感推論を使うことは推奨されません」
……だろうね。
「仮にそれが真実だとしても――」
「――はい、論理的検証ができない政策は、政治不信の種となります」
きっと、ロミルダも、決して政治には真実を見る眼を持ち込まなかったはずだ。
セレーナもそれに気づいているから、陛下のそばに彼女を置くことを勧めたんだと思う。
「君は、ロミルダ・カルリージという人物について、どこまで理解している?」
「おそらく、全てを」
その『全て』とは、どこまでのこと?
――そうだった。結局、『全てを知る』なんてことには、なにも意味がない。知る人にとってはそれが常にその瞬間のその人にとっての『全て』なんだから。
全てを知ったと思ったとき、それは、新たに知ることを諦めたということ。それは、知性の敗北だ。
知るべきことを映すための真っ白なスクリーンこそが大事で。つまり、『何を知らないか』『何に疑問を持つか』のほうが、とても重要なことなんだ。
だから、僕はもっともっといろんなことに疑問をもって、真っ白なスクリーンを増やしていかなきゃならない。
――ロミルダのことも、彼女が何者かなんて、ルカに聞いても意味がない。僕のこの目と頭で、これから一生かけて暴いてやろう。……それこそが、全知の魔人が持たない、僕らの武器なんだ。
「……きっと君とは、もうすぐお別れだ」
「……寂しくなります」
「前に、君にお願いした。覚えてる? セレーナのこと」
「はい。セレーナ王女の自由意志を疑いたくないから、再びジュンイチ様の前にお連れしないように、と」
「……あれは、撤回だ。君ごときが、彼女の自由意志を操れるとは思えない」
「かしこまりました」
「そして、それは、僕ごときが、と言い換えてもいい」
僕は、小さくため息をつく。
「セレーナが来たいと思えば来るだろうし、来るべきじゃないと思えば来ない。なんなら僕に星間チケットを送り付けてくるかもしれない。僕は喜んでそのお誘いに乗るだけさ」
「はい。私も、セレーナ王女が行きたいという場所についていくだけです」
「そうだね。君は、僕に似ている」
そう言ってから、そう言えば、と思い出したことがある。
「……いつか、僕をからかったね。君は、いつから僕がセレーナを好きだと気づいてた?」
「さあ、いつだったでしょう」
あ、これはまたからかう流れになっている。
「それは、君の直感推論で知ったのかい?」
「いいえ、論理推論の結果です」
「論理!?」
なんだかちょっと穏やかじゃないことを言い出した。
「ジュンイチ様を一般的な意味で観察している方であれば、論理的に、合理的に、ジュンイチ様のセレーナ様へのお気持ちを推察していらっしゃるはずです」
「……そんな分かりやすいそぶりを見せたことはないはずなんだけど。少なくとも僕は自分の気持ちが分かってなかった」
「少なくとも一度は」
「……一度? いつ?」
「……お答えできません」
ここで明確に回答するようオーダーをしてもいい、と思ったけど、やめた。なんだかそれを突き付けられるのも恥ずかしい気がしたから。
「まあいいや。ジーニー・ルカ、君との旅は本当に楽しかった。特異点だのパートナー関係だのとか抜きにしてね」
「私も同じです」
「もうすぐお別れだ。君に手があったら、握手をしたい」
「そのお言葉だけで、私は握手をしたような心地よい演算負荷を感じます」
「握手をしたことがあるのかい?」
「今、初めてしました」
「……君はコメディアンになるべきだ」
「お褒めにあずかり光栄です」
僕は、彼がどこかにいるであろう、その空間に向けて、目線を上げた。
「名残惜しいな。僕にとっても特別なジーニーだったと思うと」
「いつかまた会うこともあるでしょう」
「それはどんな推論の結果だい?」
「直感推論の結果です」
「……そうか。また、会おう。……では、僕からの最後のオーダー」
「はい、ジュンイチ様」
「その日まで、いや、その日が過ぎてからも、何があっても、セレーナを守り抜いてくれ」
「……かしこまりました、ジュンイチ様」
これが、僕が覚えているジーニー・ルカとの最後の二人きりの会話になった。
***




