第六章 それぞれの明日(3)
それから、陛下への目通りは、殿下ともう一人だけの陪席をと言付かっております、とロッソが言い、陛下の執務室に進む人選となる。
セレーナと貸し借りなしの友人となり、彼女の自由のきっかけを与えた浦野か。
セレーナと同じ孤独を共有しながらもその孤独を破るきっかけを与えたマービンか。
セレーナの持ち得ない考えなしの勇気と行動力で未来をこじ開けた毛利か。
セレーナに奪われるものの痛みを叩きつけやがて真実の友情を教えたキアラか。
「……ジュンイチ、来なさい」
……僕でした。
セレーナに連れられて、陛下の執務室に入る。
対面のソファがしつらえられている。
部屋は機能的で華美な装飾もなく、どこか寂しい雰囲気を醸し出している。
陛下を正面に、セレーナと並んで座る僕。
まるで、婚約の挨拶のようじゃないか、なんて馬鹿なことを思いついてから、僕の鼓動は早鳴りをやめなかった。
「やはり、ジュンイチ殿を選んだか」
陛下が小さくつぶやくのが聞こえる。さっきの人選は、陛下なりの何かの試験だったのだろう。あるいは、試練か。
「おかえりセレーナ」
「ただいま戻りました、お父様」
二人は短く挨拶を交わし、それから少しの沈黙を挟む。
「この父を、恨んでいるだろう?」
やがてそのように陛下が口を開く。
「どうしてそう思いますか」
「ウドルフォを、諸侯を、止めることができなかった。見かねたお前が、はるか地球まで私の愚挙を止めに行くほどだ。さぞや、情けない父親に見えたであろうな」
優しい笑みを浮かべながら続ける。
その笑みに、諦観の色が混じって見えたのは、僕の錯覚だろうか。
「……お前にはもう、何も負わせたくないと思った。だからジュンイチ殿の隣に送り込んだ。二人で手を取り合って宇宙の彼方に逃げるのもよかろうと、思ってな」
それは正しく、魔王の誘惑に負けそうになった僕のことだった。陛下は、僕のことを僕よりも理解している。
「だがお前は帰ってきた。お前の最強の剣を携えて。その意思は、尊重しよう」
そして陛下は、ここに誰を連れてくるかで、自らの運命を占ったのだ。
僕は、剣の象徴。
「このエミリアを、誤った方向に導いた。その罪は、問われねばなるまい。お前には、それを成す力がある。いや、成さねばならない。お前の意志で」
過去を断ち切る断罪のモチーフ。
――陛下の命を奪うもの。
「――ジュンイチ殿。どうか、娘の最後の決断までは、君の力を貸してやってほしい。君には本当に申し訳――」
「熱演中ごめんなさいお父様。私、そこまで考えてないです」
「熱え……ん? ん?」
「私から見たら、お父様、拗ねた子供です」
は?
なんてこと言うんだセレーナ。
「お父様が私に負い目を持ってることは、分かります。私だって大好きなお母様がいなくなったことは……まだ消化しきれてないかもしれません。私のそんな顔をいつもお父様に見せてしまっていたでしょう」
突然亡き王妃の話になり、陛下は戸惑いの表情に変わり、それから、歯を食いしばるようにしてセレーナの顔をのぞき込んだ。
「だけど、それがお父様のせいだったなんて思ったことは一度もありません……誰に聞いてくださっても構いません。お母様のことがお父様のせいだったなんて言う人はいないと思います」
「義父上も……か?」
「お祖父様、ヴェロネーゼ公も……それをお父様のせいにはしてらっしゃらないはずです。ただ、悲しみから立ち直るのには、時が必要なだけ」
陛下は、何か複雑な思いがあるのか、眉根を寄せて、視線を低く落とす。
「お父様は、お母様を失ったことを受け入れられなくて誰かのせいにしたくて誰も適任がいなくて自分に矛先を向けただけです。もしお母様のことで誰にも責任を向けられないなら、誰のせいでもないのです」
それから、彼女はつと僕に視線を向け、戻した。
「ジュンイチたちとの旅で何度も絶望しそうになって誰かのせいにして逃げ出したくて手っ取り早く私自身のせいにして逃げ出そうとしてきた私が、こう言うのだから、確かです」
そして、肩をすくめて小さな鼻息だけの笑いを漏らす。
「楽ですもの。自分のせいにするの。これが情けない父親から娘が受け取った薫陶です」
「……手厳しいな」
やがてそう返した陛下の表情は、苦笑いだった。
「私はお父様にそっくりなんです。何度も自分を責めて自分を罰しようとしました。王族は誰にも罰されないから、と。そんなことはありません。きちんと見ていてくれる人は、必ずいます」
「……世間を見てこいと送り出したことは、図らずも正解であったなあ。私も外を見ねばならんか」
そう言って陛下は深くため息をついた。
その表情は、暗く重く自らの断罪を求める王のものではない。思いがけず娘に教わることもあることを知った父親のバツの悪そうな、雨後の晴れ間のような顔だった。
「ジュンイチを連れてきたのは、彼が私の剣だからではありません。ジュンイチという人を見てほしかったからです」
続けて、セレーナは僕を見ながらそんなことを言う。
再び、婚約の挨拶のようだなんて妄想がどこかから湧き、僕の顔の赤面の度は最高潮に達する、が――
「彼はお父様の百倍は卑屈で馬鹿な男です。だけど私は彼を尊敬しています。彼は人に頼ることを知っています。彼はたまたま友人に恵まれて、と言いますが、違います。彼が真に人に頼れる人だから、頼れる友人に囲まれるのです。彼が友人を育てるのです。私もその一人です。だからお父様の薫陶を乗り越えました。お父様に必要なのは、きっとそんな人なんだと思います」
ちょっと違う方向の『ご紹介』に僕は少しガクリと肩を落とす。
ふと見ると、陛下は少し愉快そうに表情を変えて僕をじっと見ている。
「国王とは孤独なのでしょう。そんな友人など作りようもないのかもしれません。……ウドルフォ・ロッソ様を、しばらく次席に置きとうございます。摂政の肩書きのないあの方になら。それともう一人。ロミルダ・カルリージ伯爵を、国王の相談役に」
そこまで聞くと、陛下はさすがに小さな笑いを漏らす。
「ロミルダ殿も独身であったが、あの女傑とのロマンスを期待されても困るぞ。それはお前をジュンイチ殿のところに送り込んだ意趣返しか?」
「ええ、その通りです。信頼できる友との語らいを色恋の眼鏡越しに見られる気恥ずかしさを存分に味わって下さいませ」
さすがに陛下もこれには声を出して笑った。
「お前の成長には驚かされる。今度は父親まで手玉に取ろうとは」
「父だからです。……パパ。私はパパの娘よ? 娘がパパの心配をして何が悪いと思う?」
突然変わった口調と呼び方に、陛下は目を見開き、セレーナを見つめ、何度かパチパチと目を瞬かせた。
見る見るその双眸が濡れる。
「私、まだ子供よ。もうしばらくは、パパの子供で、いいでしょ?」
ついに彼は涙をこぼし、真っ赤な目のまま顔をくしゃくしゃにして笑った。
「いいとも、いいとも……お前は、パパの娘だ。ママの遺してくれた大切な娘だ。どこにも行くな。……ジュンイチ殿!! 娘はやらんからな!!」
……下さいって言ったら殺される気がした。
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