薔薇の枝にある棘
「それじゃ。俺様は行くからな。」
そう言って去るオズワルド皇子。「ほら。これ。お前のだろ。」っとお菓子の詰まった紙袋を渡される。ハンスが黙ってそれを受け取り頭を下げる。私の卑・・癒し達!・・・・オズワルド皇子の護衛(?)の方が拾って下さったみたいですわ。「ちっ。撒いてきたと思っていたんだがな・・・・」っと苦々しそうに口にされながら。護衛の事ですわよね?
オズワルド皇子の背中が見えなくなり、ため息が零れる。結局きちんとしたお礼を口にする事はできませんでしたわ。何やってるの私。
「ラパーチェットまでお送りします。」
柔らかく微笑むハンスの横を歩く。少し薄暗くなったアルファフォリスの敷地内。寮へと続く、暖色でまとめられたレンガの道。コツコツと音が響く。私とハンスの足音が。
「遅かったので、心配しました。」
「レオニダスやフィロス嬢と一緒じゃなかったんですか?何故オズワルド皇子と?」
ハンスの声が落ちてくる。その声が、今は耳に・・・・胸に痛い。私の奥に鈍い痛みを与えますわ。大好きな声。いつももっと聞きたいと願っていた声。今はそれを聞くのが辛い。
「途中まで、レオニダスと一緒だったわ。フィロスは不参加よ。」
「え?そうだったんですか?てっきりフィロス嬢も一緒だと・・・・」
「断られたのよ。・・・・レオニダスとはぐれたから、たまたま出会ったオズワルド皇子と一緒に帰宅したの。」
貴方は・・・・
「貴方も・・・・アルテに居たわね。」
聞くつもりなんてなかった。聞いてその答えに傷付きたくなんてなかったから。ですのに・・・・口は勝手に開き、零れた言葉は慌てて手で抑えても戻る事なんてなくて・・・・
「お嬢様に見られてたんですね。」
私の言葉に、少し困ったように返すハンス。見られては、不味かった?私が見ては、ダメだった?
「そうなんです・・・・今日はルビアナ嬢とそれと・・・・」
「ルビアナと一緒だった・・・・」
ぐっと胸に鉛のように重くどす黒い気持ちが・・・・
「え?はい。約束していたので。すみません。お嬢様とご一緒できなくて。」
申し訳なさそうに眉尻を下げる。そんな顔をするなら、何故一緒にいてくれなかったの!?我儘で黒い感情が溢れそうになる。
「いいえ。今日は、執事はお休みの日でしたもの。貴方の休日まで、私を優先していただかなくて構いませんわ。」
チクリと小さな棘が、胸に刺さる。月に一度あるハンスの休日。【執事】でなく【ハンス】としての貴方と、一緒にアルテに行きたかった。でも、アルテの街で【ハンス】の横に居たのは、私じゃなくて・・・・。
「・・・・付き合っているの?」
聞きたくなんてないのに・・・・どうして口から零れるの?お願い。否定して!
そう願ってハンスの口元を見るのに
「ああ・・・・ええっと。まだ?ですかね。私もどうしようかと思っているんですけれど・・・・。」
苦笑しながら返された。
「うまくいけばいいな。とは、思っています。」
・・・・そうなのね。
「そう。」
「お嬢様は、どう思われますか?」
ー聞き間違いかしら。
ハンスのその言葉が、私の胸を抉る。鋭く尖った薔薇の棘。
今、ハンスは、私に聞いたのよね?
【ルビアナとつき合う事を、どう思うか】
ーと。
・・・・ねぇ。ハンス。
何故私に、そんな事を聞くの?
私の気持ちを知っているくせに
何故、そんな残酷な事を聞いてくるの?
ねぇ。
私の7年間の想いは、ちっとも届いていなかった?
私の本気の想いは、貴方にとって取るに足らないモノだったのね。
だから、いつも
相手にすら
してくれなかった・・・・
見上げるハンスの顔。
ぼんやりと滲んでよく見えない。
「・・・・何か、あったんですか?」
答える事のできない私。ハンスは立ち止まり、私の方を向くと肩に触れてきた。
「お嬢様?」
ーびくっ。肩が跳ねる。思わず手でハンスを押し退けてしまった。『ハンスに、触れられたくない。』今、触れられると色々な感情が押し寄せてきて、何を言いだすのか・・・・自分がわからない。
「お嬢様!この痣は!?」
私の手を見て、ハンスが痣に気付く。
「それに、首筋にも傷が!?これは、刃物!?」
私の肌に残る跡に、狼狽えるハンス。貴方が心配し取り乱すのは、私が貴女の【お嬢様】だから?
「何があったんですか!?お嬢様!もしや暴漢に!?ーっ俺が傍にいなかったから!?」
貴方がそんな顔をするのは、【執事】として大切な【お嬢様】を護れなかったから?
「お嬢様!他に怪我は!?どうして!?フィロス嬢とレオニダスがいれば大丈夫かと・・・・俺はなんて馬鹿なんだっ!!」
「大丈夫よ。ハンス。私は何もなかったわ。」
オズワルド皇子が助けてくれましたから。
「・・・・今日は【お休み】でしょう?休みの日まで【執事】をしなくていいわ。」
チク。
吐いた筈の棘が、私の胸に突き刺さる。
「ねぇ。ハンス。放っておいて。」
「今日はとても・・・・疲れたのよ。」




