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第32話:お見舞い

諸事情により一話追加しました^^

諸事情に関しましては、またお知らせいたします!

「紅哉さん、私、お見舞いに行きたいです!」

 そう言ったのは梓だった。ベッドの上から上半身を起き上がらせて、不満を表すように口をへの字に曲げている。


 梓が目覚めてもう三日が経っていた。

 そしてこの三日間、梓は殆ど部屋から出してもらえなかったのである。

 部屋には必ず壱か紅哉がついているし、お風呂やお手洗いにだって必ずと言って良いほど壱がついてきた。

 もちろん部屋の中にいれば、歩いても走っても良いのだが、梓はとてつもない窮屈感を感じていた。


 自分が倒れた理由を貧血だと聞かされていた梓は過保護すぎる状況を不審に思い、何度か理由を聞いてみた。しかし、返ってくる答えは大体いつも同じ。「もう少し待ってほしい」というというものだった。

 倒れたときの記憶の欠落がこの状況を作っている。それはなんとなく理解しているのだが、理由も教えてもらえない軟禁状態に、元々活動的な彼女が耐えられるはずも無く。

 軟禁三日目を過ぎた今日、とうとう直談判に踏み切ったのだった。


 不満を爆発させそうな彼女の表情に紅哉は一つため息をつくと、読んでいた本を閉じ、呆れたような視線を彼女に向けた。

「誰のだ? 基本的にお前より重傷の奴はいないぞ」

「もちろん、陽太の、ですよ!! 私はぴんぴんしてます! 紅哉さんとか、壱とか、昴さんとかが過剰に心配しているだけです!」

 自らの状態を表すようにガッツポーズを両手でしてみれば、冷ややかな視線を向けられる。

「前も言ったように陽太は無事だ。念のためこの屋敷で保護している。見舞いは必要ないし、行きたいなら今日でなくとも、また後日で良いだろう?」

「後日って、そんなものいつやってくるんですか!? 紅哉さん達が私のことを心配してこうしてくれてるってのは理解してます! だけど、理由も知らないままこの状況ってのは、めちゃくちゃしんどいです! 理由を話すか、屋敷内は自由にさせてください! もう、暇すぎて死にそうなんですっ!」

 今度は泣き落としと言わんばかりに、梓は両手で顔を覆うと掛け布団の上に突っ伏した。その行動に、紅哉の気配がたじろぐ。

「こんなの軟禁状態に戻ったみたいじゃないですか。別に屋敷の外に出ようなんて思ってませんし、陽太のお見舞いが終わったらすぐに部屋に戻ってきますから……」

 ダメですか? と少しだけ顔をあげると、紅哉の額に皺が寄った。不機嫌になったというよりは、困っているような表情だ。

 少しだけ間を置いたかと思うと、紅哉は絞り出すような声を出す。

「……ダメだ」

「紅哉さん」

「我慢しろ」

「…………」

 口を尖らせながら、梓は紅哉を睨む。彼はそんな彼女の視線から逃れるように顔を逸らした。

 こうなった紅哉は梃子(てこ)でも動かない。

 梓は息を一つつきながら肩を落とした。

「……わかりました。じゃぁ、私が退屈しないよう、話に付き合ってくれますか?」

「それぐらいなら良いぞ。なんだ?」

「とりあえず、記憶が混乱しているので、陽太がFに堕ちた当日の話をしませんか? 月玄と昼食を一緒に食べた後……」

 ガタリと音を立てて紅哉が立ち上がった。そして、そそくさと部屋から出て行こうとする。

「紅哉さん、どこ行くんですか?」

「……壱と交代してくる。俺は用事を思い出した」

「え、なんでいきなり?」

「なんでだろうねー? もしかして梓に思い出して欲しくないことでもあるんじゃない?」

 突然聞こえてきた自分でも紅哉でもない声に、梓ははっと顔を上げる。首を回して声の主を探すと、窓の木枠に座る見知った人影を見つけた。

「月玄!」

「お前か……」

 梓の嬉しそうな声とは対照的に紅哉の声は低く沈んでいる。月玄はいつもの飄々とした笑みを浮かべながら、梓の部屋に飛び入った。

「ずいぶんな歓迎だね、アカオニ。梓、久しぶりだね。元気だった?」

「うん。月玄は?」

「僕はもちろん大丈夫。ついさっきこっちの屋敷に引っ越してきたんだー。シロの裏切りが明確になちゃったから、もう元の隠れ家にはいれなくなってね。でも、これで毎日梓の顔が見れると思うと、嬉しくてたまらないよ」

 にっこりと笑う月玄に、梓は顔をほころばせた。その隣の紅哉は渋い顔をしている。

「月玄、どうやってこの部屋に入って来た? この部屋の周りには結界が……」

「そんなの割ったに決まってるじゃん! 結構堅いの張ってるから割るのに苦労したんだからね! 比較的薄いところ探してたら窓の方までまわっちゃうし……」

 さも当然とばかりにそう言った月玄に紅哉は片手で頭を抱えた。

「お前は、どうしてそう……」

「大丈夫。ちゃんと強力なの張り直すからさ! 僕だって梓を守りたいって思ってるわけだし……」

 終始にこにこと笑みを絶やさない月玄の言葉に、梓は首を捻る。

「守る? それに結界って……」

「あぁ、それはね」

「月玄」

 まるでそれ以上は言うなとばかりに紅哉が声を張る。その声に月玄は「はい、はい」と渋々ながらに頷いた。

「まぁ、このことはもう少し情報が集まってからだね。そんなことより、今日はお見舞いに来たんだよ! そろそろ退屈すぎて参ってるんじゃ無いかと思ってね」

「月玄、すごい! 大正解だ!」

 梓の明らかに喜んだ表情を見て、紅哉は面白く無さそうに眉間を窪ませた。

 月玄は自慢げに胸を張りながら、面白く無さそうにする紅哉をみてニヤリと笑う。

「といっても、僕が部屋から出してあげられるわけじゃないし、部屋の中にいて欲しい気持ちはそこのでくの坊と変わらないから、梓の願いは叶えられないかもしれないんだけど。……その代わり、良いお土産、持ってきてあげたよ」

 そう言って月玄は梓の部屋の扉を開ける。そこにいた人物に梓は目を丸くした。

「きぃちゃんにユウちゃん!? 陽太も!」

「やっほー! 元気にしてる?」

「あの、ここって……ひぃっ!」

「やぁ、斉藤さん、兄さん、久しぶり」

 三者三様の反応をみせながら三人が部屋に入ってくる。きぃと陽太はすんなり入ってくるが、ユウは扉の前でおどおどと紅哉と梓を見比べていた。

「入らないのか?」

「ははは、入りますっ!」

 紅哉が声をかければ、ユウは飛び上がるようにして部屋に入る。

 そしてそのままきぃの腕にしがみついた。

「ちょっとユウ、大丈夫だって言ってるでしょ? 見た目ほど怖い人じゃ無いって。それと如月、あんた紅哉さんのこと『兄さん』って呼んだけど、それホント? 初耳なんだけど……」

「本当だよ。別に隠してるわけじゃ無いけどね。山本さん、兄さんのことは怖がるだけ無駄だよ」

 ユウの名字を呼びながら陽太は笑う。その元気な様子に、梓は胸をなで下ろした。本当に彼は助かったのだと実感がわいてくる。

「見舞いは良いが、なんでこの人選なんだ?」

 紅哉が片眉を上げながら不思議そうに月玄に聞いていた。この辺の人間関係もまだ良好とはいえないが、前よりは良くなっている気がする。

「僕が呼んだのは陽太だけだよ。この二人は屋敷の前でうろうろしてたから捕まえてきただけ。梓の見舞いに来たんだって」

「だって、梓ってばもう何日も学校休んでるから心配でさー。結局、あの後校庭で何が起こったのか誰も教えてくれないし、心配するなって方が無理でしょ?」

 きぃがそう言うと、後ろのユウが同意するように何度か頷いた。

「何が起こってるのか見えなかったの?」

「相手が風をばんばん起こしてたでしょ? 土埃がすごくてそれどころじゃ無かったわよ。それに、鎌鼬まで飛んでくるし……。まぁ、なんにせよ梓が無事で良かったわ! 何かあったら焚きつけた私が紅哉さんに殺されかねないもの」

 からっと笑うきぃの隣で、陽太が申し訳なさそうに視線を下げる。月玄はそんな陽太をみて、いつもより明るい声を出した。

「それよりさ、清水さん。その手に持ってるもの何? お見舞いの品?」

「あぁ、これ? お見舞いの品っていうか、おうちにお邪魔するなら一緒に話したいなって思って、コンビニでお菓子と……」

「ジュース買ってきました」

 引き継ぐようにユウがそう言って、手の中にあるビニール袋を掲げてみせる。その中にはジュースとお菓子が詰め込まれていた。紙コップと紙皿まで買ってある。

 その中身をみて、梓が目を輝かせた。

「これ、食べたかった新商品!」

「でしょ? 梓は好きだと思った! もし、よかったら今からここで女子会始めちゃおうよ!」

「女子会って、僕らは入ったら駄目なわけ?」

 のぞき込むようにして月玄が笑うと、ユウの頬が赤く染まる。

「んじゃ、女子会改め、お菓子パーティーってことで!」

 きぃがそう言って、場がわっと盛り上がる。紅哉は困ったように笑って扉を開けた。

「兄さん、どこ行くの?」

「外に出ている。扉の前にはいるから何かあったら呼べば良い」

 その言葉に陽太ときぃが不満げに口を尖らせた。

「えー、一緒にいれば良いのにー!」

「そうですよ。ここで出て行かれたら、なんか気を遣われたみたいで申し訳なくなっちゃいますしー」

「気にするな。それに、その輪に交じっても何を話せば良いのかわからないしな」

「それなら、壱と昴さんも呼ぶ? それなら紅哉さんも気使わないですむし!」

 梓の提案に陽太の身体がびくつく。その反応にめざとく気づいた月玄が彼の身体を小突いた。

「なに? 陽太は嫌なの? 前だったら一番に喜んでそうなのに」

「嫌って言うか、最近情けない姿見せちゃったばかりだからなぁ……。合わせる顔が無いっていうか……」

 陽太が苦笑いを浮かべたその時、突然扉が開いた。そして、壱が飛び込んでくる。

「紅哉さん! 陽太の行方知りませんか? 先ほど部屋に様子を見に行ったらもぬけの殻で、部屋に月玄の置き手紙が……って、陽太っ!」

「コウ、いるかー? 血の検査結果がさっき出て……。え? 何この人数……」

 次いで入ってきた昴は部屋の中の光景に困惑の声を出した。部屋の真ん中ではきぃとユウが中心になってお菓子を広げている最中である。

「え、今から何か始めるの? と言うか、その子達誰?」

「梓のクラスメイトでーす! 今からお菓子パーティーするんですけど、お兄さんもおねぇさんも一緒にどうですか?」

 明るいきぃの声に壱と昴は同時に目を瞬かせた。

 結局、総勢八人でお菓子パーティーは開かれた。会話の中心になっているのは学生組と壱で、くだらないことを話しては大笑いしている。そんな様子を見守る紅哉と昴は少しだけ離れたところでその様子を見守っていた。

「なんていうか、平和だなぁ」

「そうだな」

 同意を示した紅哉の表情は柔らかい。昴はその横顔をみて、少しだけ切なそうに目線を落とした。

「いつまでもこれが続けば良いのにな……」

「そういうわけにもいかないんだろう?」

 紅哉が昴に向かって手を差し出す。昴はその手に持っていた封筒を手渡した。その中の書類を見て、紅哉は一つため息をついた

「大方予想通りだったよ。梓ちゃんの血は吸血鬼の人体構造を変えてしまう可能性がある。陽太がただの人間になってしまったように、なんともない吸血鬼がFになってしまったように……」

 その言葉に、紅哉は重く苦しい息を吐いた。

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