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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第9話:二年かかる仕事

 ベルタ様の株に、初日にしたことは三つでございます。一つ、幹を切りませんでした。枯れた幹は見苦しいものですが切ると根が方角を失います。地上に何もない株は根が「どちらに伸ばすか」を決められません。灰色の幹が立っているうちは根はそこへ向かって水を送ります。


 二つ、根元から一尺の輪の中に、三年堆肥を薄く敷きました。厚くしてはいけません。生きている根は一本きりで、その一本は細うございます。栄養が濃いと、細い根は焼けます。三つ、週に二度の水を、ベルタ様にお願いいたしました。


「あたしがやるのかい」


「桶に半分でございます」


「それだけ」


「多いと腐ります」


 ベルタ様は杖で地面を軽く突かれました。


「半分ね」


「幹の際ではなく、一尺離して」


「一尺」


「杖の、先から握りまででございます」


 ベルタ様は杖を地面に横に置かれました。


「これでいいんだね」


「はい」


 堆肥の話が片づきました。わたくしが集めたのではございません。最初はマイエルさんでございました。荷馬車屋の裏の山を、荷馬車一台ぶん運んでこられて、勝手に納屋の横へ積んでいかれました。


「藤の礼だ」


「もういただきました」


「これは、婆さんの分の続きだ」


 次が宿屋でございました。鉢の底に錐で穴を開けただけの、半リルの仕事です。宿屋の若い者が、落ち葉を袋で八つ持ってこられました。


「うち、裏に楓があって、掃くのが面倒なんです」


「助かります」


「これ、金になるんですか」


「三か月置けば、土になります」


 それから、坂の下の乾物屋が、大豆の殻を。灰坂には、十四軒ございます。そのうち九軒が、何かを持ってこられました。ノラが山を見て仰いました。


「奥様。これ、みんな捨てるものですよね」


「はい」


「捨てるものが、九軒集まると山になるんですね」


「そうですね」


 わたくしは山に鋤を差しました。まだ生でございます。三か月かかります。九月三日には、間に合いません。ただ、道が一つ残っておりました。仮伏せの列のうち、今年の秋に咲く八十株は、鉢に上げれば土を持ち運べます。鉢の土は買えます。堆肥の代わりに、王都の苗屋から培養土を買うのです。


 高うございます。八十鉢で、鉢と土だけで六十リルかかります。わたくしの手元には、二十三リルございました。ドレーゼ夫人の十二リル、マイエルさんの八リル、宿屋の半リル、その他で三リルほど。


「奥様」


「はい」


「六十リル、どうするんですか」


「働きます」


「ひと月で三十七リル稼ぐんですか」


「稼ぎます」


 ノラは鋤の柄に顎を乗せられました。


「――で、九月三日に何があるんですか」


 わたくしは山に鋤を差し直しました。


「建国祭でございます」


「祭ですね」


「王城の大階段に、白い薔薇を三十鉢並べます。十九年、レーンフェルト伯爵家が納めてまいりました」


「じゃあ、今年も伯爵家が納めるんですね」


「株がございません」


 ノラの手が、止まりました。


「……あ」


「はい」


「奥様が全部持ってきたんですね」


「持ってまいりました」


「じゃあ、今年、誰が納めるんですか」


 わたくしはそれに答えを持っておりませんでした。わたくしが納めるつもりはございません。頼まれておりませんし、王城に薔薇を納めるのは家の格で決まります。灰坂の庭師が名簿に載ることはございません。


「わかりません」


 マルタの手紙が届きました。


 ――奥様。二十二日目でございます。

 ――エテルネ商会の庭師が、二人とも引きました。旦那様が代金の半分をお支払いにならなかったためでございます。庭師は、土の見立てを誤ったのは自分たちではないと申しておりました。

 ――新しく、王都の庭師組合から親方がお見えになりました。バルドという方でございます。庭を見て、こう仰いました。「これは土ではない。前の庭師が細工をしている」と。

 ――東の垣根の下を、掘り返しておられます。


 わたくしは手紙を膝に置きました。東の垣根の下が、三本目の抜け道でございます。石を敷いて、勾配を三分つけて、丘の外の溝へ落としてございます。十年前に、義母様の話を聞いてから作ったものです。あれを抜けば、雨のあと、庭の東半分に水が溜まります。


 わたくしは筆を取りました。書きかけて、止めました。


 ――旦那様。東の垣根の下の石は、水の抜け道でございます。抜かないでください。


 書けば、届きます。乗合は明日出ます。わたくしは、その紙を二つに折って、花暦のあいだに挟みました。聞かれておりません。


 二日後の午後、街道に荷馬車が止まりました。一台きりでございます。従者は二人。外套の裾に、あの色の泥がついておりました。降りてこられた方は、まず仮伏せの列をご覧になりました。それから、納屋の横の堆肥の山をご覧になりました。それから、井戸をご覧になりました。人は、最後でございました。


「エルシャ・レーンフェルト殿」


「レーンフェルトは返しました。エルシャと申します」


 その方はうなずかれました。


「ジェラルド・アシュフォードです」


 わたくしは頭を下げました。


「お手紙をいただきました」


「庭のことで、お尋ねしたいことがある」


「はい」


「北は、霜が早い」


 その方はそこで一度、言葉を切られました。


「九月の末に、霜が降ります」


「はい」


「薔薇は、九月末に咲きますか」


 わたくしは、少し考えました。


「品種によっては咲きます」


「霜が降りたあとに、咲きますか」


「霜に当たった蕾は、開きません」


 その方はうなずかれました。


「では、霜の前に咲かせられますか」


「北の、どこでございますか」


「アシュフォードの、丘の上です」


「土は」


「薄い」


「深さは」


「五寸で石です」


 わたくしはそこで手を止めました。五寸でございます。薔薇の根は、二尺入ります。


「アシュフォード様」


「はい」


「その丘に、薔薇は植えられません」


 その方はわたくしを見ておられました。それから、こう仰いました。


「植えられるようにする方法を、伺いたい」

【今日の花暦】


枯れた幹を切ってはいけない理由は、根が方角を失うからです。地上に何も立っていない株は、根がどこへ水を送ればよいかを決められません。灰色の幹は目印です。


 灰坂の十四軒のうち九軒が、捨てるものを持ってきました。落ち葉と馬糞と大豆の殻です。三か月で土になります。ただし三か月かかるので、今年の九月には届きません。届かないほうの話は、次の次あたりで効いてきます。


 次回、北のお話でございます。土が五寸で石に当たる丘に、薔薇を植える方法をお尋ねになっています。あるとしても、五年かかります。


 ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。

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