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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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10/25

第10話:五年かかります

 方法はございます。ただ、順番がございます。わたくしは地面に石灰で図を描きました。ノラが井戸から桶を持ってきて、そのまま横で見ておられました。


「五寸で石でございますね」


「はい」


「石は割れますか」


「割れます。ただ、丘一つぶんを割るのは無理です」


「では割りません」


 わたくしは図の上に横線を引きました。


「土を、盛ります」


「盛る」


「五寸の土の上に、一尺五寸を盛って、二尺にいたします。根が入る深さを、上に作るのです」


「一尺五寸を、丘一つぶん」


「丘一つぶんではございません。株の数だけでございます。三十株なら、三十の塚を作ります」


 アシュフォード様は図を見ておられました。


「塚に、風は当たりますか」


「当たります」


「北の風は塚を削ります」


 わたくしは、その言葉に少し驚きました。北の土地をご存知の方の言葉でございます。


「削られます。ですから、塚の北側に石を積みます。塚と石で、一つの組になります」


「石は丘にある」


「五寸下にございます」


 アシュフォード様はしばらく黙っておられました。


「掘った石で、掘った穴を囲うわけですか」


「はい」


 ここまでで、二年でございます。塚を作って、その年は何も植えません。盛った土は締まっておりません。締まらない土に根を入れると、冬に土が沈んで根が浮きます。一年、雨と雪に当てて締めます。二年目に、堆肥を入れます。北の土は冷たうございますから、暖める意味もございます。


 三年目に、若い株を植えます。植えて、その年は咲きません。四年目に枝を伸ばして、五年目に蕾がつきます。


「五年、かかります」


 わたくしはそう申し上げました。


「早くても五年でございます。北の冬が続けば、六年になります」


 アシュフォード様は図をご覧になったまま、動かれませんでした。従者の方が、少し身を寄せられました。


「閣下」


「待ちなさい」


 アシュフォード様はしゃがまれました。石灰の図の、塚の一つを指で押されました。


「品種は選べますか」


「選べます。霜に強いのは原種に近いものです。花は小さくなります。八重にはなりません」


「白は」


「白はございます」


「花期は」


「原種に近いものは六月でございます」


 アシュフォード様の指が、止まりました。


「六月」


「はい」


「霜の前に咲くのではなく、霜の来る前に終わるということですか」


「そうなります」


 アシュフォード様は立ち上がられました。


「では、それでいい」


 わたくしは一つ伺いました。伺わないほうがよかったのかもしれません。ただ、五年の仕事を引き受けるのに、何のためかを知らずに引き受けるのは、わたくしにはできませんでした。


「アシュフォード様」


「はい」


「その丘に、何がございますか」


 アシュフォード様は街道のほうをご覧になりました。北の方角でございます。


「墓が、あります」


 わたくしは頭を下げました。


「妹のものです」


「はい」


「六年前に、死にました」


 それだけ仰いました。わたくしは、それ以上伺いませんでした。


「エルシャ殿」


「はい」


「五年、通えますか」


「通います」


「代金は」


「年に十リルでございます。塚を作る人手は、そちらでお願いいたします。わたくしはどこに何をどう置くかを決めるだけでございます」


「十リルは、安い」


「五年でございますから」


「五年で五十リルでは、あなたが食えない」


 わたくしは、少し黙りました。


「ほかの仕事もいたします」


 アシュフォード様は革の袋を出されました。卓の上に、硬貨を並べられました。金貨でございました。


「五十リル」


「五年分でございますか」


「前払いです」


「五年後に、わたくしが生きているかわかりません」


「わたしも、わかりません」


 アシュフォード様は金貨を押し出されました。


「五年後に、あなたが死んでいれば、それはそれでいい。塚は残ります。石も残ります。次の庭師が続けられます。あなたが決めた順番が紙に残っていれば、それで足りる」


 わたくしは金貨を見ておりました。五十リルでございます。鉢と培養土で、八十鉢ぶん、足ります。


「アシュフォード様」


「はい」


「一つ、申し上げます」


「どうぞ」


「わたくしは五年後に咲くとは申し上げられません。塚が沈むこともございます。石が崩れることもございます。株が霜の年に当たれば、そこで終わります」


「わかっています」


「それでも、お待ちになりますか」


 アシュフォード様は石灰の図をもう一度ご覧になりました。それから、こう仰いました。


「待ちます」


 荷馬車が街道に出るとき、アシュフォード様が振り返られました。


「エルシャ殿」


「はい」


「一つ、伺ってよいですか」


「はい」


「王城の献花は、レーンフェルト伯爵家が納めていると聞いています」


 わたくしは、少し息を止めました。


「十九年、納めてまいりました」


「今年は」


「わかりません」


「株は、そこに並んでいる」


 アシュフォード様は仮伏せの列をご覧になりました。十四本の畝でございます。西から東へ、花期の早いものから順に。


「はい」


「そうですか」


 それだけ仰って、荷馬車に乗られました。


 その夜、花暦に書きました。


 ――七月二十六日。アシュフォード領、丘上。表土五寸、下は岩盤。塚一尺五寸。北側に石積み。一年締め、二年目堆肥、三年目植え付け。原種系・白・六月咲き。五年。前払い五十リル。


 書いてから、下に一行、足しました。


 ――九月末に霜。霜の前に咲かせるのではなく、霜より前に終わらせる。


 筆を置いて、金貨の袋を膝に載せました。重うございました。


「奥様」


「はい」


「――で、それ、いつ咲くんですか」


 わたくしは、少し笑いました。


「五年後の、六月でございます」


 ノラは井戸の縁に腰を掛けられました。


「あたし、五年後、二十一ですね」


「そうですね」


「奥様は」


「三十三でございます」


 ノラは、しばらく空を見ておられました。それから、こう仰いました。


「じゃあ、覚えてます。数を」

【今日の花暦】


土が浅い土地に木を植える方法は、掘るのではなく盛ることです。ただし盛った土は一年締めないと、冬に沈んで根が浮きます。急ぐと二年余計にかかります。


 五十リルの前払いは、この物語で一番大きなお金です。奥様の手元は二十三リルでしたので、いきなり七十三リルになりました。鉢と土が買えます。ここから先の話は、このお金がなければ成立しませんでした。


 次回、北へ参ります。土が五寸の丘を、実際に見に行きます。三日の旅でございます。留守のあいだ、王都で少し動きがあるようです。


 ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。

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