第10話:五年かかります
方法はございます。ただ、順番がございます。わたくしは地面に石灰で図を描きました。ノラが井戸から桶を持ってきて、そのまま横で見ておられました。
「五寸で石でございますね」
「はい」
「石は割れますか」
「割れます。ただ、丘一つぶんを割るのは無理です」
「では割りません」
わたくしは図の上に横線を引きました。
「土を、盛ります」
「盛る」
「五寸の土の上に、一尺五寸を盛って、二尺にいたします。根が入る深さを、上に作るのです」
「一尺五寸を、丘一つぶん」
「丘一つぶんではございません。株の数だけでございます。三十株なら、三十の塚を作ります」
アシュフォード様は図を見ておられました。
「塚に、風は当たりますか」
「当たります」
「北の風は塚を削ります」
わたくしは、その言葉に少し驚きました。北の土地をご存知の方の言葉でございます。
「削られます。ですから、塚の北側に石を積みます。塚と石で、一つの組になります」
「石は丘にある」
「五寸下にございます」
アシュフォード様はしばらく黙っておられました。
「掘った石で、掘った穴を囲うわけですか」
「はい」
ここまでで、二年でございます。塚を作って、その年は何も植えません。盛った土は締まっておりません。締まらない土に根を入れると、冬に土が沈んで根が浮きます。一年、雨と雪に当てて締めます。二年目に、堆肥を入れます。北の土は冷たうございますから、暖める意味もございます。
三年目に、若い株を植えます。植えて、その年は咲きません。四年目に枝を伸ばして、五年目に蕾がつきます。
「五年、かかります」
わたくしはそう申し上げました。
「早くても五年でございます。北の冬が続けば、六年になります」
アシュフォード様は図をご覧になったまま、動かれませんでした。従者の方が、少し身を寄せられました。
「閣下」
「待ちなさい」
アシュフォード様はしゃがまれました。石灰の図の、塚の一つを指で押されました。
「品種は選べますか」
「選べます。霜に強いのは原種に近いものです。花は小さくなります。八重にはなりません」
「白は」
「白はございます」
「花期は」
「原種に近いものは六月でございます」
アシュフォード様の指が、止まりました。
「六月」
「はい」
「霜の前に咲くのではなく、霜の来る前に終わるということですか」
「そうなります」
アシュフォード様は立ち上がられました。
「では、それでいい」
わたくしは一つ伺いました。伺わないほうがよかったのかもしれません。ただ、五年の仕事を引き受けるのに、何のためかを知らずに引き受けるのは、わたくしにはできませんでした。
「アシュフォード様」
「はい」
「その丘に、何がございますか」
アシュフォード様は街道のほうをご覧になりました。北の方角でございます。
「墓が、あります」
わたくしは頭を下げました。
「妹のものです」
「はい」
「六年前に、死にました」
それだけ仰いました。わたくしは、それ以上伺いませんでした。
「エルシャ殿」
「はい」
「五年、通えますか」
「通います」
「代金は」
「年に十リルでございます。塚を作る人手は、そちらでお願いいたします。わたくしはどこに何をどう置くかを決めるだけでございます」
「十リルは、安い」
「五年でございますから」
「五年で五十リルでは、あなたが食えない」
わたくしは、少し黙りました。
「ほかの仕事もいたします」
アシュフォード様は革の袋を出されました。卓の上に、硬貨を並べられました。金貨でございました。
「五十リル」
「五年分でございますか」
「前払いです」
「五年後に、わたくしが生きているかわかりません」
「わたしも、わかりません」
アシュフォード様は金貨を押し出されました。
「五年後に、あなたが死んでいれば、それはそれでいい。塚は残ります。石も残ります。次の庭師が続けられます。あなたが決めた順番が紙に残っていれば、それで足りる」
わたくしは金貨を見ておりました。五十リルでございます。鉢と培養土で、八十鉢ぶん、足ります。
「アシュフォード様」
「はい」
「一つ、申し上げます」
「どうぞ」
「わたくしは五年後に咲くとは申し上げられません。塚が沈むこともございます。石が崩れることもございます。株が霜の年に当たれば、そこで終わります」
「わかっています」
「それでも、お待ちになりますか」
アシュフォード様は石灰の図をもう一度ご覧になりました。それから、こう仰いました。
「待ちます」
荷馬車が街道に出るとき、アシュフォード様が振り返られました。
「エルシャ殿」
「はい」
「一つ、伺ってよいですか」
「はい」
「王城の献花は、レーンフェルト伯爵家が納めていると聞いています」
わたくしは、少し息を止めました。
「十九年、納めてまいりました」
「今年は」
「わかりません」
「株は、そこに並んでいる」
アシュフォード様は仮伏せの列をご覧になりました。十四本の畝でございます。西から東へ、花期の早いものから順に。
「はい」
「そうですか」
それだけ仰って、荷馬車に乗られました。
その夜、花暦に書きました。
――七月二十六日。アシュフォード領、丘上。表土五寸、下は岩盤。塚一尺五寸。北側に石積み。一年締め、二年目堆肥、三年目植え付け。原種系・白・六月咲き。五年。前払い五十リル。
書いてから、下に一行、足しました。
――九月末に霜。霜の前に咲かせるのではなく、霜より前に終わらせる。
筆を置いて、金貨の袋を膝に載せました。重うございました。
「奥様」
「はい」
「――で、それ、いつ咲くんですか」
わたくしは、少し笑いました。
「五年後の、六月でございます」
ノラは井戸の縁に腰を掛けられました。
「あたし、五年後、二十一ですね」
「そうですね」
「奥様は」
「三十三でございます」
ノラは、しばらく空を見ておられました。それから、こう仰いました。
「じゃあ、覚えてます。数を」
【今日の花暦】
土が浅い土地に木を植える方法は、掘るのではなく盛ることです。ただし盛った土は一年締めないと、冬に沈んで根が浮きます。急ぐと二年余計にかかります。
五十リルの前払いは、この物語で一番大きなお金です。奥様の手元は二十三リルでしたので、いきなり七十三リルになりました。鉢と土が買えます。ここから先の話は、このお金がなければ成立しませんでした。
次回、北へ参ります。土が五寸の丘を、実際に見に行きます。三日の旅でございます。留守のあいだ、王都で少し動きがあるようです。
ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。




