第11話:霜が来る土
北へは、乗合で三日かかりました。二日目の昼から、道の色が変わりました。土が黒くなり、石が増えます。三日目の朝には、道の脇の草が膝までしか伸びておりませんでした。灰坂と同じ高さです。ただし灰坂は焼けた土で、こちらは冷えた土でございます。ノラは荷台の縁に肘を置いて、ずっと外を見ておられました。
「奥様」
「はい」
「木が、低いですね」
「風が強いのです」
「風で、木が低くなるんですか」
「伸びた枝が折れます。折れなかった枝だけが残ります。それを毎年続けると、低くなります」
ノラは、少し黙っておられました。
「じゃあ、あれ全部、生き残ったほうですね」
アシュフォードの丘は、領主館から歩いて二十分ほどのところにございました。南向きの、なだらかな斜面です。上に石の囲いがあり、その中に墓標が三つ立っておりました。古いものが二つと、新しいものが一つ。わたくしは鉄棒を刺しました。五寸で止まりました。場所を変えて、七回刺しました。
四寸から六寸。どこも同じでございます。八回目でございました。斜面の中ほど、少し窪んだところで、鉄棒が一尺二寸入りました。もう一度、二歩ずれて刺しました。一尺。その一帯だけ、深いのです。
「アシュフォード様」
アシュフォード様は、囲いの外に立っておられました。
「はい」
「この辺りは、雪が早く融けますか」
アシュフォード様が、こちらへ来られました。窪みを見て、それから斜面の上を見上げられました。
「……融けます」
「いつごろ」
「他所より、二十日ほど早い」
「二十日」
「妹が、そう言っていました」
わたくしは、鉄棒を抜きました。雪が早く融ける場所には、理由が三つございます。風が当たらない。日が当たる。あるいは、下から暖かいものが来る。この窪みは、上の岩が張り出して風を切っておりました。日は南から入ります。その二つで足ります。二十日でございます。北の霜は九月末に降ります。
逆に言えば、春の霜が終わるのも遅うございます。二十日早く土が動く場所なら、二十日早く芽が出ます。六月の花期が、五月の末まで前に来ます。
「アシュフォード様」
「はい」
「塚は、この窪みに作ります」
「丘の上ではなく」
「墓は上にございます」
「はい」
わたくしは、囲いのほうを見ました。新しい墓標には、名が刻んでございました。イレーネ、と読めました。
「三十株を、上に並べることはできません。土がございません。ただ、この窪みでしたら、十二株は置けます」
「十二」
「塚を六つ。一つに二株。窪みの幅がそれだけでございます」
アシュフォード様は、窪みを見ておられました。
「上に、一株は」
わたくしは、囲いの中の土を見ました。石が浅うございます。ただ、囲いの内側は風が完全に切れております。石を積んで、塚を一つだけ作るなら。
「一株なら、置けます」
「では、そうしてください」
アシュフォード様は、それだけ仰いました。
「上に一株。下に十二株」
「はい」
「上の一株は、下の十二株より先に咲きますか」
「後になります。囲いの中は日が半分しか入りません」
「後でいい」
三日、丘にいました。塚の位置を六つ決めて、杭を打ちました。石を積む向きを決めて、地面に石灰で線を引きました。北側は二尺の高さ、東と西は一尺。南は積みません。日を入れます。石は、丘の五寸下から出ます。掘れば出ます。わたくしは、その手順を紙に書きました。
――一年目(今年の秋):石を出し、塚を盛る。植えない。
――二年目(来年):雪が融けた直後に堆肥。夏に一度、崩れを直す。
――三年目:若い株を植える。原種系・白。
――四年目:枝を伸ばす。花は摘む。
――五年目:咲かせる。
四年目に花を摘む、と書いたところで、アシュフォード様がお尋ねになりました。
「摘むのですか」
「四年目に咲いた花を残すと、株が種を作ることに力を使います。翌年の枝が細くなります」
「では、四年目にも咲くのですか」
「咲きます。摘みます」
アシュフォード様は、しばらく紙を見ておられました。
「四年目のものを、一輪だけ残せますか」
わたくしは、少し考えました。
「一輪なら、株は保ちます」
「では、一輪だけ」
わたくしは、紙にそう書き足しました。――四年目:花を摘む。ただし一輪残す。帰る朝、従者の方が荷車を出してくださいました。乗合の停まる村まで、一時間ほどでございます。アシュフォード様は、丘のほうをご覧になっておられました。
「エルシャ殿」
「はい」
「妹は、この丘の花を見ていません」
わたくしは、手を止めました。
「六年前の秋に、熱の流行がありました。霜の早い年でした。畑が駄目になって、麦を隣領から買いました。金は足りたが、人が足りなかった」
アシュフォード様は、そこで一度、言葉を切られました。
「妹は、この丘に花を植えると言っていました。植える前に死にました」
わたくしは、囲いを見ました。新しい墓標が一つと、古いものが二つ。
「アシュフォード様」
「はい」
「五年後に咲く花は、妹様が植えたものではございません」
「知っています」
「それでも、よろしいですか」
アシュフォード様は、荷車に手を掛けられました。
「妹が言ったのは、花を植えるということです。誰が植えるかは言っていない」
乗合が王都に着いたのは、四日後の夕方でございました。灰坂へ坂を上がると、小屋の戸に紙が挟んでございました。三枚ございました。
一枚目。
――中庭の鉢の件、他所へ頼むことにいたしました。ドレーゼ
二枚目。
――先日のお話は、なかったことに。宿屋
三枚目は、字がございませんでした。組合の印だけが押してございました。
【今日の花暦】
雪が早く融ける場所には理由が三つあります。風が当たらない、日が当たる、下から暖かいものが来る。三つのうち二つ揃えば、土が動くのが二十日早くなります。二十日は、花期を一月分動かします。
妹が言ったのは花を植えるということで、誰が植えるかは言っていない。この方は無駄口を叩かないので、話す一言が長く残ります。五年待つと即答した理由が、ここで半分だけ見えました。
次回、王都に戻ると依頼が全部消えていました。三枚目の紙には字がなく、印だけが押されています。押した人には、名前があります。




