第12話:組合の親方
王都庭師組合は東の通りの奥にございました。二階建ての石の建物で、一階が道具置き、二階が帳場だそうです。母は組合に入っておりませんでした。入るには推挙が二人と、加入金が二十リル要ります。わたくしは扉を叩きませんでした。用があるのは向こうでございます。呼ばれるまで待てば済みます。
三日待ちました。三日目に、荷馬車が灰坂へ上がってまいりました。降りてこられたのは五十を過ぎた方でございました。首が太く、手が厚い。爪の間に土が入っております。仕事をされる方の手です。
「バルド・クレンツだ」
「エルシャと申します」
「灰坂で庭師をやってるそうだな」
「やっております」
「組合に入っていない」
「入っておりません」
バルド様は仮伏せの列を見られました。それから、井戸を見て、堆肥の山を見て、納屋を見られました。見る順番がアシュフォード様と同じでございました。
「二百あるな」
「二百十四でございます」
「レーンフェルトから持ち出したやつか」
「持参財でございます」
「そう聞いた」
バルド様は堆肥の山に手を入れられました。掻き出して、指で潰されました。
「まだ生だ」
「三か月かかります」
「九月には間に合わんな」
「はい」
「エルシャさん」
「はい」
「あんた、腕はある」
「ありがとうございます」
「だから困る」
バルド様は手を払われました。
「王都の庭はうちの組合が回してる。三十八人だ。一人で三軒から五軒。それでちょうど食える。あんたが二軒取ると、誰か一人が食えなくなる」
「はい」
「ドレーゼ商会はうちの若いのが四代通ってた家だ」
「四人替わったと伺いました」
「四人替わった。それでも通ってた」
わたくしはそれに答えを持っておりませんでした。持っていないので、黙っておりました。
「入るか」
「え」
「組合に入れと言ってる。加入金は待ってやる。推挙は俺と、もう一人つける」
わたくしは、少し驚きました。
「よろしいのですか」
「入れば、割り振りに従う。ドレーゼは若いのに戻す。あんたには灰坂と、南の三軒を回す」
「南の三軒はどのような庭でございますか」
「宿と、乾物屋と、荷馬車屋だ」
灰坂の中でございます。
「その三軒はすでに参っております」
「なら、ちょうどいいな」
バルド様は荷馬車のほうへ歩かれました。
「返事は十日待つ」
「バルド様」
「なんだ」
「一つ、伺ってよろしいですか」
「言え」
「なぜ、ドレーゼ商会は十年枯れたのでしょうか」
バルド様が、足を止められました。
「土が悪い」
「掘られましたか」
バルド様は、答えられませんでした。それから、こう仰いました。
「土が悪い庭は、あるんだ」
その夜、ノラが納屋から出てこられました。球根を植え終えたところでございます。百四十二のうち、百二十九。十三は傷んでおりました。
「奥様」
「はい」
「入るんですか、組合」
「考えております」
「入ったら、あの人の言うとおりの家しか行けないんですよね」
「そうなります」
「北は」
わたくしは、手を止めました。アシュフォード領は、王都の外でございます。組合の割り振りに入りません。ただ、組合員が領外の仕事を受けるには、届けが要ると聞いております。
「わかりません」
ノラは、井戸の縁に腰を掛けられました。
「奥様。あたし、話していいですか」
「はい」
「あたしがここに来た理由です」
「あたしの母、レーンフェルトの洗い場にいたんです」
「はい」
「六年前に、庭の道具がなくなって。銀の柄の鋏です。奥様のじゃなくて、伯爵家の紋が入ってるやつ」
わたくしは、覚えておりました。義母様が使っておられた剪定鋏です。柄に銀を巻いた古いもので、切れは悪く、飾りでございました。
「母が疑われました。洗い場から庭に近道があって、通ってたので」
「はい」
「使用人頭のマルタさんは、母を庇いませんでした。奥様が来て、こう言ったんです」
ノラは、そこで少し言い方を探されました。
「『あの鋏は、わたくしが去年、王都の研ぎ屋に出しました。取りに行っておりません』って」
わたくしは、鋏のことを思い出しておりました。研ぎ屋に出したのは事実でございます。ただ、取りに行っていないのは、忘れていたからではございません。刃が薄くなりすぎて、研げば折れると言われたのです。それを義母様の遺品だからと、そのまま置いておりました。盗まれたと決まったとき、わたくしはその話をいたしました。
「あれで、母は辞めずに済みました。三年前に病気で死にましたけど」
「そうでしたか」
「あたし、それを恩とは思ってません」
ノラは、井戸の縁の石を指で撫でられました。
「奥様、あのとき、あたしの母の名前も知らなかったでしょう」
わたくしは、正直に申し上げました。
「知りませんでした」
「じゃあ、庇ったんじゃなくて、鋏の話をしただけですよね」
「そうです」
「だから、恩じゃないんです」
ノラは、立ち上がられました。
「貸しを返しに来ただけです」
次の朝、依頼が一件残っておりました。紙が四枚目として、戸の下に押し込んでございました。
――ロンバル侯爵家。中庭の薔薇十二株が咲かない。八月中に見ていただきたい。
ロンバル侯爵様でございます。去年の園遊会で、白い薔薇の名をお尋ねになった方です。組合の三十八人には、頼まれなかったようでございました。
【今日の花暦】
堆肥は指で潰すと分かります。繊維が残っていれば生、崩れて黒い粉になっていれば使えます。生のものを根に当てると、発酵の熱で焼けます。バルドさんは山に手を入れて、正しいことを言いました。腕は、あるのです。
バルドさんは悪人として来たわけではありません。三十八人で王都の庭を割っていて、一人増えると一人食えなくなる。だから来たのです。ただ、ドレーゼ商会の中庭を十年掘らなかったことは、別の話です。
次回、侯爵家の中庭でございます。組合を通していない依頼が一件だけ残りました。それを受けると、どうなるでしょうか。
ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。




