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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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12/25

第12話:組合の親方

 王都庭師組合は東の通りの奥にございました。二階建ての石の建物で、一階が道具置き、二階が帳場だそうです。母は組合に入っておりませんでした。入るには推挙が二人と、加入金が二十リル要ります。わたくしは扉を叩きませんでした。用があるのは向こうでございます。呼ばれるまで待てば済みます。


 三日待ちました。三日目に、荷馬車が灰坂へ上がってまいりました。降りてこられたのは五十を過ぎた方でございました。首が太く、手が厚い。爪の間に土が入っております。仕事をされる方の手です。


「バルド・クレンツだ」


「エルシャと申します」


「灰坂で庭師をやってるそうだな」


「やっております」


「組合に入っていない」


「入っておりません」


 バルド様は仮伏せの列を見られました。それから、井戸を見て、堆肥の山を見て、納屋を見られました。見る順番がアシュフォード様と同じでございました。


「二百あるな」


「二百十四でございます」


「レーンフェルトから持ち出したやつか」


「持参財でございます」


「そう聞いた」


 バルド様は堆肥の山に手を入れられました。掻き出して、指で潰されました。


「まだ生だ」


「三か月かかります」


「九月には間に合わんな」


「はい」


「エルシャさん」


「はい」


「あんた、腕はある」


「ありがとうございます」


「だから困る」


 バルド様は手を払われました。


「王都の庭はうちの組合が回してる。三十八人だ。一人で三軒から五軒。それでちょうど食える。あんたが二軒取ると、誰か一人が食えなくなる」


「はい」


「ドレーゼ商会はうちの若いのが四代通ってた家だ」


「四人替わったと伺いました」


「四人替わった。それでも通ってた」


 わたくしはそれに答えを持っておりませんでした。持っていないので、黙っておりました。


「入るか」


「え」


「組合に入れと言ってる。加入金は待ってやる。推挙は俺と、もう一人つける」


 わたくしは、少し驚きました。


「よろしいのですか」


「入れば、割り振りに従う。ドレーゼは若いのに戻す。あんたには灰坂と、南の三軒を回す」


「南の三軒はどのような庭でございますか」


「宿と、乾物屋と、荷馬車屋だ」


 灰坂の中でございます。


「その三軒はすでに参っております」


「なら、ちょうどいいな」


 バルド様は荷馬車のほうへ歩かれました。


「返事は十日待つ」


「バルド様」


「なんだ」


「一つ、伺ってよろしいですか」


「言え」


「なぜ、ドレーゼ商会は十年枯れたのでしょうか」


 バルド様が、足を止められました。


「土が悪い」


「掘られましたか」


 バルド様は、答えられませんでした。それから、こう仰いました。


「土が悪い庭は、あるんだ」


 その夜、ノラが納屋から出てこられました。球根を植え終えたところでございます。百四十二のうち、百二十九。十三は傷んでおりました。


「奥様」


「はい」


「入るんですか、組合」


「考えております」


「入ったら、あの人の言うとおりの家しか行けないんですよね」


「そうなります」


「北は」


 わたくしは、手を止めました。アシュフォード領は、王都の外でございます。組合の割り振りに入りません。ただ、組合員が領外の仕事を受けるには、届けが要ると聞いております。


「わかりません」


 ノラは、井戸の縁に腰を掛けられました。


「奥様。あたし、話していいですか」


「はい」


「あたしがここに来た理由です」


「あたしの母、レーンフェルトの洗い場にいたんです」


「はい」


「六年前に、庭の道具がなくなって。銀の柄の鋏です。奥様のじゃなくて、伯爵家の紋が入ってるやつ」


 わたくしは、覚えておりました。義母様が使っておられた剪定鋏です。柄に銀を巻いた古いもので、切れは悪く、飾りでございました。


「母が疑われました。洗い場から庭に近道があって、通ってたので」


「はい」


「使用人頭のマルタさんは、母を庇いませんでした。奥様が来て、こう言ったんです」


 ノラは、そこで少し言い方を探されました。


「『あの鋏は、わたくしが去年、王都の研ぎ屋に出しました。取りに行っておりません』って」


 わたくしは、鋏のことを思い出しておりました。研ぎ屋に出したのは事実でございます。ただ、取りに行っていないのは、忘れていたからではございません。刃が薄くなりすぎて、研げば折れると言われたのです。それを義母様の遺品だからと、そのまま置いておりました。盗まれたと決まったとき、わたくしはその話をいたしました。


「あれで、母は辞めずに済みました。三年前に病気で死にましたけど」


「そうでしたか」


「あたし、それを恩とは思ってません」


 ノラは、井戸の縁の石を指で撫でられました。


「奥様、あのとき、あたしの母の名前も知らなかったでしょう」


 わたくしは、正直に申し上げました。


「知りませんでした」


「じゃあ、庇ったんじゃなくて、鋏の話をしただけですよね」


「そうです」


「だから、恩じゃないんです」


 ノラは、立ち上がられました。


「貸しを返しに来ただけです」


 次の朝、依頼が一件残っておりました。紙が四枚目として、戸の下に押し込んでございました。


 ――ロンバル侯爵家。中庭の薔薇十二株が咲かない。八月中に見ていただきたい。


 ロンバル侯爵様でございます。去年の園遊会で、白い薔薇の名をお尋ねになった方です。組合の三十八人には、頼まれなかったようでございました。

【今日の花暦】


堆肥は指で潰すと分かります。繊維が残っていれば生、崩れて黒い粉になっていれば使えます。生のものを根に当てると、発酵の熱で焼けます。バルドさんは山に手を入れて、正しいことを言いました。腕は、あるのです。


 バルドさんは悪人として来たわけではありません。三十八人で王都の庭を割っていて、一人増えると一人食えなくなる。だから来たのです。ただ、ドレーゼ商会の中庭を十年掘らなかったことは、別の話です。


 次回、侯爵家の中庭でございます。組合を通していない依頼が一件だけ残りました。それを受けると、どうなるでしょうか。


 ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。

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