第13話:壊された鋤
ロンバル侯爵家の中庭には薔薇が十二株ございました。どれも立派な株です。五年から八年もの。剪定はきれいに入っております。組合の仕事でございます。腕は確かです。ただ、咲いておりませんでした。葉はございます。枝も伸びております。蕾だけがつかないのです。わたくしは枝の先を見ました。
新しい枝がまっすぐ上に伸びております。太く、青々として、節の間が長うございます。これは肥料が多い枝でございます。
「侯爵様」
ロンバル侯爵様は六十過ぎの方です。去年の園遊会で、白い薔薇の名をお尋ねになりました。あのとき夫は答えられませんでした。
「なんだ」
「肥料を、多く入れておられますか」
「庭師が入れている。よく育つようにと」
「窒素の多いものでございますね」
「わからん」
わたくしは土を少し掘りました。黒く、湿っております。よい土でございます。よすぎる土でございます。
「薔薇は、少し困らせないと花をつけません」
「困らせる」
「肥料と水が足りていると、株は枝を伸ばします。伸ばせば来年もっと伸ばせますから、そちらを選びます。花は、株が『来年は難しいかもしれない』と思ったときにつきます」
ロンバル侯爵様はしばらく黙っておられました。
「わしの庭は、幸せすぎるということか」
「そうなります」
処方は、二つでございました。一つ、八月の残りは水を絞ります。土の表が乾いてから、二日置いて打ちます。二つ、枝の先を切ります。伸びている先を止めると、株は横の芽に力を回します。横の芽から出た短い枝に、蕾がつきます。
「今年、間に合うか」
「九月の末になります」
「建国祭には」
わたくしは、手を止めました。
「建国祭でございますか」
「毎年、レーンフェルトが納めておった。今年はどうなるのか、誰も知らんのだ」
ロンバル侯爵様は、枝を一本、指で弾かれました。
「王城から名簿の照会が来た。八月中に返事をせねばならん。うちの十二株が咲くなら、出そうと思っておった」
「九月三日には、間に合いません」
「そうか」
ロンバル侯爵様は、うなずかれました。
「では、来年だな」
三日、通いました。枝の先を切り、水を絞り、土の表を掻いて風を入れました。四日目の朝でございます。灰坂の納屋に着いたとき、鋤が三本、地面に置いてありました。柄が、折れておりました。三本とも、根元から。鋤の刃は、そのままです。柄だけが折られておりました。
折り口が新しく、白うございます。鉄棒は、曲がっておりました。母の鋤でございました。四十年、母が使っていたものです。柄は三度替えております。刃は一度も替えておりません。わたくしは、しばらく立っておりました。
「奥様」
ノラが、走ってこられました。
「奥様、これ」
「はい」
「これ、あいつらですよ」
「わかりません」
「わかりますよ!」
ノラの声が、初めて大きくなりました。
「柄だけ折るなんて、刃を売る気もないってことです。嫌がらせです。組合ですよ」
わたくしは、刃を一つ拾いました。土が乾いてついております。昨日の土です。
「ノラ」
「はい」
「柄は、荷馬車屋で買えます。三本で一リル半でございます」
「そういう話じゃないです」
「鉄棒は、鍛冶で伸ばせます」
「奥様!」
ノラが、わたくしの前に回られました。
「なんで怒らないんですか」
わたくしは、刃を布で拭きました。
「怒っております」
「そうは見えません」
「そうですね」
その日の午後、ロンバル侯爵家へ参りました。門で、止められました。執事の方が出てこられて、頭を下げられました。
「申し訳ございません。中庭の件は、組合へお願いすることになりました」
「侯爵様は」
「侯爵様のご指示ではございません。ご家令の判断でございます」
「理由を、伺えますか」
執事の方は、少し言いにくそうにされました。
「――組合を通さない庭師を入れると、今後うちの他所の庭が回らなくなると」
わたくしは、頭を下げました。
「かしこまりました」
「あの、代金は」
「三日ぶんでございます。四リル半でございます」
執事の方は、袋から硬貨を出されました。それから、こう仰いました。
「奥様。侯爵様は、去年の園遊会で白い薔薇の名を伺ったそうです」
「はい」
「あのときのご当主は、答えられなかったと」
「はい」
「今年、名を伺えますか」
わたくしは、少し黙りました。
「アメリーでございます」
執事の方は、それを紙に書き留められました。灰坂へ戻りました。柄は、まだ買っておりません。ノラは、納屋の前で膝を抱えて座っておられました。
「奥様」
「はい」
「あたし、あの人の顔、二度と思い出したくないんですけど」
「バルド様でしょうか」
「伯爵です」
わたくしは、少し驚きました。
「奥様は、平気なんですか」
わたくしは、折れた柄を拾いました。三本とも、同じ折り方でございます。膝で折ったのでしょう。丁寧な仕事ではございません。
「平気ではございません」
「じゃあ」
「ただ、今日、株には水を打たなければなりません」
わたくしは、桶を取りました。二百十四株ございます。柄が折れていても、水は桶で運べます。
「ノラ」
「はい」
「今日は、二人で四百歩を、何度か往復いたします」
【今日の花暦】
薔薇が咲かない理由で一番多いのは、肥料と水が足りていることです。株は「来年もっと伸ばせる」と思っているうちは枝を選びます。花は、少し困ったときにつきます。
今日は何も解決しませんでした。鋤が三本折れて、依頼が一件消えて、それだけです。こういう日は、水を打つしかありません。往復四百歩を、何度か。
次回、灰坂の門を叩く方がいらっしゃいます。白い花束を三日ごとに買っておられた方です。




