第6話:買った薔薇は、萎れました
マルタから手紙が届きました。三日おきに一通、街道の乗合に託して寄越されます。頼んだ覚えはございません。
――奥様。ご報告いたします。
――旦那様は王都の苗屋三軒より薔薇を買い入れ、二百二十株を植えられました。庭師はエテルネ商会より二人。植え付けは四日で終わりました。
――七日目でございます。半分ほどの葉が、下から黄色くなっております。
わたくしは手紙を畳みました。理由は、二つございます。一つは、植える時季でございます。七月に成株を植えれば、根が動く前に地上の葉が水を求めます。求めても、根がまだ土を掴んでおりませんから、上げられません。
それで葉が落ちます。落ちるだけなら、秋に持ち直します。もう一つが、土でございます。あの丘の土は、粘りが強うございます。わたくしは十五年かけて、砂を混ぜ、堆肥を積み、庭の三か所に石を敷いて水の抜け道を作りました。抜け道は地表からは見えません。
抜け道の上に株を植えると、根が常に乾きます。抜け道から外れた低いところに植えると、根が常に濡れます。どちらに植えてよいかは、地面を見てもわかりません。わたくしの手帳の、九枚目に書いてございます。
「奥様」
ノラが井戸の底から声を上げられました。三日掘って、まだ水が出ておりません。
「教えてあげないんですか」
「聞かれておりません」
「聞かれたら教えるんですか」
「教えます」
ノラは、しばらく黙っておられました。
「あたし、教えませんけど」
「そうですね」
四日目に、井戸から水が出ました。濁っております。三日汲み続ければ澄みます。ノラが泥だらけの顔で上がってこられて、桶の底の水を見て、こう仰いました。
「これ、飲めますか」
「株には使えます」
「あたしは」
「川で汲みます」
同じ週に、依頼が二件参りました。一件は、灰坂の下の宿屋でございました。看板の脇に置いた鉢が枯れるのだそうです。見に行ったところ、鉢の底の穴が塞がっておりました。抜けない水は根を腐らせます。錐で開けて、五分で終いました。半リルいただきました。もう一件は、王都の中でございました。
ドレーゼ商会の奥様からです。使いの者が馬でいらしたので、驚きました。
「中庭がございましてね」
ドレーゼ夫人は六十くらいの方でした。麻の商いで三代目だそうです。
「十年、何を植えても枯れるんですよ。庭師を四人替えました。土を入れ替えて、日当たりのために壁も低くしました。それでも枯れる」
「何を植えられましたか」
「最初は薔薇。次に躑躅。去年は諦めて芝にしました。芝も駄目でした」
わたくしは、少し考えました。
「芝が駄目でございますか」
「まだらに茶色くなって」
「まだらでございますね」
「はい」
「全体ではなく」
「……そう言われますと、まだらです。北の隅だけは青いんです」
わたくしは立ち上がりました。
「拝見いたします」
ドレーゼ商会は、王都の東の通りにございました。中庭は、思ったより広うございました。二十歩四方ほど。三方を建物で囲まれ、南だけ低い塀です。日当たりは悪くございません。芝は、たしかにまだらでした。わたくしは四つ這いになって芝の上を歩きました。ノラも真似をされました。
北の隅だけ、土がわずかに高うございます。指で押すと、他所より硬い。中央から南は、押すと沈みます。わたくしは鉄棒を刺しました。一尺で止まりました。もう一度、二歩ずれて刺しました。こちらは三尺入って、それから水が上がってきました。
「奥様」
「ドレーゼ様。この下に、何かございます」
「地下室はありませんよ。三代前からこの家です」
「地下室ではございません」
わたくしは水が上がってきた穴を見ました。澄んでおります。溜まった雨水ではございません。
「流れております」
その夜、灰坂に戻って、花暦の古い頁を繰りました。十一年前の頁に、こう書いてございました。
――丘の抜け道、三本。石を敷く。義母様の話。王都の東は昔、川の跡。埋めて家を建てた。水は道を覚えている。
義母様の言葉でございます。わたくしはその行を長く見ておりました。義母様は、わたくしに一度も、よくやったと仰ったことがございません。
剪定の仕方を直され、水の量を直され、堆肥の配合を直され、それだけでございました。三年で亡くなられました。ただ、話はよくなさいました。土地の話と、水の話を。
「奥様」
ノラが麻布の向こうから声をかけてこられました。
「明日、あの中庭、掘るんですか」
「掘ります」
「何が出るんですか」
「川でございます」
ノラは、しばらく黙っておられました。
「川、出るんですか」
「昔の川でございます」
マルタの、次の手紙が届きました。
――奥様。十一日目でございます。
――二百二十株のうち、四十株ほどを抜きました。根が黒くなっておりました。エテルネ商会の庭師は、土が悪いと申しております。旦那様は土は前からあったものだと仰っております。
――リリベット様は王都の花屋と契約をなさいました。三日ごとに白薔薇を二十本、届けさせるそうです。ひと月で三十リルだそうでございます。
わたくしはその数を二度読みました。ひと月で三十リル。年に、三百六十リルでございます。
夫がわたくしの十五年を、年に二百リル程度の趣味だと仰ったのは、ちょうどひと月前のことでございました。
【今日の花暦】
鉢が枯れる原因の半分は、底の穴が塞がっていることです。水は入れるほうを気にされますが、抜けるほうが先に効きます。抜けない水は、三日で根を腐らせます。
まだら、という言葉が今日の鍵でした。全体が枯れるなら土か日当たりの話ですが、まだらなら地面の下に何かがあります。ドレーゼ夫人は十年、庭師を四人替えました。四人とも、地上を見ていたのだと思います。
次回、中庭を掘ります。鉄棒が一尺で止まる場所と、三尺入って水が上がる場所。その境目に、十年ぶんの答えが埋まっています。
ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。




