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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第54話:十五年かかります

 十一月十三日から十八日まで、六日かけて三十八株が戻ってまいりました。


 王城の荷車で、一日に六鉢か七鉢でございます。ユアン様が付いてこられました。


 戻ってきた株を、一鉢ずつ見ました。見る順は、番号ではございません。荷から下ろした順でございます。番号順に見ますと、良いものと悪いものが混ざりますので、手が慣れません。下ろした順ですと、同じ棚にあったものが続けて出てまいります。


 三十一鉢は台の上にあったものでございます。枝が赤うございます。冬芽の数は灰坂の株より少のうございますが生きております。根は、鉢の中で回っておりました。九か月、鉢のままでございましたのでそうなります。


 七鉢は床にあったものでございます。こちらは根の三分の一が茶色でございました。切りました。切ったあと、鉢を一回り小さいものに替えました。根が減った株には、小さい鉢でございます。大きい鉢に少ない根を入れますと、土が乾きません。


 三十八鉢のうち、七年前の株がございました。台木が太く、瘤が二つある株でございます。床にあったほうでございます。根を切りましたのはこの株がいちばん多うございました。半分でございます。


 ノラは、その鉢の前にしゃがんでおられました。


「奥様」


「はい」


「これ、来年、蕾いくつつきますか」


「今年の六月は、王城にございましたので、数がございません」


「去年は二十九です」


「来年は、六つか七つでございます」


 ノラはしばらく黙っておられました。


「四年ですか」


「四年で、二十九に戻ります」


「四年、覚えてます」


 灰坂の株は九十四に三十八を足して、百三十二になりました。


 地に下ろすのは来年の三月でございます。それまで鉢で置きます。支柱の竹は五十一本立ったままでございました。


 十一月二十四日でございます。


 昼過ぎに、門のところに馬車が止まりました。荷車ではございません。二頭立てでございます。


 降りてこられたのは四十ほどの男の方でございました。外套の裾が長うございます。商家の方だと思いました。


「灰坂の、エルシャさんでいらっしゃいますか」


「はい」


「ラウルと申します。羊毛と、麻を扱っております」


 その方は名刺を出されました。ノラが受け取って、わたくしに渡されました。


「レーンフェルトの丘を、買いました」


 わたくしは、手を止めました。


「今月の八日でございます。東の三分の一は八月に別の方が買われまして、残りの丘のほうを、私が」


「そうでございますか」


「馬場は、途中で止まっております。上の三分の一は土を剥いで、下の粘土が出たままです。真ん中に、大きな穴が二つ」


 ラウル様は坂の下をご覧になりました。


「私は、あそこを庭に戻したいのです」


 わたくしは、何も申しませんでした。


「昔、あの丘には薔薇がございました。園遊会に呼ばれたことがございます。八年前です。二百株ほどあったと思います」


「二百十四株でございます」


「そうですか。……あなたが、お作りになったと伺いました」


「十五年、おりました」


 ラウル様は頭を下げられました。


「戻していただけませんか」


 ノラが、横で息を止められたのが分かりました。


 わたくしは、坂の下を見ておりました。丘はここからは見えません。木の陰でございます。


「ラウル様」


「はい」


「戻せます」


「本当ですか」


「十五年、かかります」


 ラウル様はそこで一度、口を開けて、閉じられました。


「十五年」


「十五年でございます」


「……もう少し、早くはなりませんか。金は出します。人も出します。百人でも二百人でも」


「人を増やしますと、掘るのは早くなります。ですが、層になるのは早くなりません」


 わたくしは、指を三本立てました。


「上の三分の一は、表の土を剥いでございます。剥いだ土は、二月に運び出されました。あれは戻りません。ですから、そこは一から作ります。堆肥を入れて、掘って、また入れて、それを繰り返します」


「何年ですか」


「八年でございます」


「残りは」


「真ん中の穴を埋めて、水の道を作り直すのに三年。木を戻すのに四年でございます。合わせて十五年でございます」


 ラウル様はしばらく黙っておられました。


「あなたが十五年でお作りになったものを、もう一度、十五年ですか」


「はい」


「二度目なら、早くなるということは」


「ございません」


「二度目でも、土は同じ速さで層になります。わたくしが上手になっても、土は速くなりません」


 ラウル様は馬車の轅に手を置かれました。羊毛と麻を扱う方でございます。羊毛は一年、麻は一年で刈れます。十五年という数を、この方は仕事の中で使われたことがないのだと思います。


「……失礼を承知で伺いますが」


「はい」


「悔しくはございませんか」


 わたくしは、少し考えました。


「悔しゅうございます」


「では」


「ですが、悔しさで土は早くなりません」


 ラウル様はそれから、こう仰いました。


「考えます。十五年、私は五十七になります」


「はい」


「もし始めるとして、あなたに一つ伺いたいのですが」


「はい」


「一年目に、何をしますか」


「穴を埋めます。それだけでございます」


「一年、それだけですか」


「埋めて、沈むのを待ちます。沈み方を見て、次の年に足します」


 ラウル様はうなずかれました。


 一年で穴を埋めるだけというのは、庭の話としては何もしないのと同じに聞こえます。ですが、埋めた土は一年で三寸から五寸沈みます。沈み方は場所で違います。そこを見ておかなければ、次に何を足すかが決まりません。


 急いで足した土は、あとで真ん中だけがくぼみます。くぼんだところに水が集まります。水の集まる場所は、その庭のいちばん低いところになります。低いところができれば、そこは二十年、低いままでございます。


 ラウル様は、それから馬車に乗られました。轍が二本、門の前の土に残っております。深さは半寸ほど。二頭立ての車は重うございますので、雨のあとでしたら轍が三寸入ります。今日は乾いておりましたので、この深さで済みました。


 帰り際に、窓から一つ仰いました。


「レーンフェルト伯爵は、先月、領地を出られたそうです」


 わたくしは、頭を下げました。


 馬車が坂を下りていきました。ノラが、名刺を持ったまま立っておられました。


「奥様」


「はい」


「戻すんですか」


「まだ、決めておりません」


「十五年って言いましたよね」


「申しました」


「奥様、四十四です」


「四十四でございます」


 ノラは、名刺を懐に入れられました。


「あたしは、三十二です」


 その夜、北から手紙が参りました。


 ――十二月の初めに来られるか。塚の下から、妙なものが出た。

【今日の花暦】


穴を埋めたら、一年待ちます。埋めた土は必ず沈みます。沈み方は、埋めた深さと、下の土で変わります。沈んでから足すと、二度でおさまります。沈む前に足しますと、あとで真ん中だけがくぼんで、そこに水が溜まります。


 丘を買った方が「悔しくはございませんか」と聞きました。奥様は「悔しゅうございます」と答えました。この一年で二度目です。一度目は、返還の書状が来た十二月の夜でした。


 次回、北へ参ります。塚の下から出たのは、石ではございませんでした。

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