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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第55話:返すときに、良くしておきなさい

 十二月三日に王都を出て、六日に北へ着きました。


 北は、もう雪でございました。斜面の下のほうは薄うございますが、囲いのあたりは足首まで積んでおります。去年の十二月は、七日に初霜でございました。今年は早うございます。


 囲いの中の一株は、冬囲いをしてございました。藁が根元に三寸。上は巻いてございません。五月にお願いしたとおりでございます。


 アシュフォード様は、一つ目の塚のところにおられました。雪が膝の下まで来ておりますのに、塚の上だけ丸く白が薄うございます。五月に入れた堆肥が、下でまだ熱を持っているのだと思います。堆肥の効いている塚は、雪の解け方で分かります。


「エルシャ殿」


「ご無沙汰しております」


「見てもらいたい」


 塚の東側でございます。五月に、四人で大きな石を起こしたところでございました。あのとき、下から砂が出ました。埋め戻して、堆肥の輪はその手前で止めております。


 その穴が、開いておりました。五月より広うございます。三尺四方、深さ四尺ほど。


「十一月に、村の者が石を出しに来た。もう一つ、下に石があると言うので、掘らせた」


「石は」


「石ではなかった」


 わたくしは、穴の縁にしゃがみました。


 底に、木がございました。根株でございます。


 太さは、両手を回して少し余るほど。上は切られております。切り口は平らではございません。斧でございます。斧で、何度も入れて落としたのだと思います。


 根は、四方に出ております。太いものが五本。いちばん長いものは、穴の壁に入って、まだ先がございます。


 わたくしは、手を入れて、根を一本掴みました。


 乾いております。芯まで乾いておりました。生きてはおりません。


「薔薇ではないな」


「薔薇ではございません」


「では、何だ」


 わたくしは、切り口を見ました。年輪が出ております。数えました。三十七ございました。中心から十本目までが狭く、そこから外が広うございます。


 それから、根の張り方を見ました。薔薇の根は、細いものが多く、浅うございます。これは違います。太い根が下へ、そのあと横へ出ております。


「果樹でございます」


 アシュフォード様は、動かれませんでした。


「果樹」


「実のなる木でございます。梨か、林檎か、そのあたりでございましょう。切り口の年輪が三十七ございますので、三十七年生きて、それから切られております」


「いつ切られた」


「木が乾いておりますので、切られてから二十年は経っております。それ以上は、掘り上げてみませんと分かりません」


 わたくしは、立ちました。手についた木の粉を、雪で落としました。乾いた根株の粉は、水では落ちません。雪のほうがよく取れます。


 斜面を見渡しました。塚が六つ。その下に、村の屋根が十二。煙が四つ上がっております。


「アシュフォード様」


「なんだ」


「この斜面に、果樹はございますか」


「ない」


「北の領内には」


「ない。北で果樹は育たぬ。霜が早い。花が咲く前に芽が焼ける。……そう聞いて育った」


 わたくしは、穴の底の根株を見ておりました。


「三十七年、育っております」


 アシュフォード様は、しばらく黙っておられました。


「では、育つのか」


「ここでは、育っておりました」


「なぜ、切った」


「存じません」


 その日は、それだけでございます。穴には麻布をかけて、雪が入らないようにいたしました。掘り上げるのは、雪が消えてからでございます。


 夜、村の家で夕食をいただきました。五月と同じ家、同じ卓でございます。麦と、干した魚と、根菜。品も同じでございました。冬に出るものが五月と変わらないのは、この土地で貯めのきくものがそれだけだということでございます。


 アシュフォード様は、五年後の話をなさいませんでした。北へ来てほしいとも、仰いませんでした。


 かわりに、こう仰いました。


「王城の帳面に、名が入ったそうだな」


「第二百三十一号でございます」


「アメリー、と」


「はい」


「育てた者の欄があると聞いた」


「今度、作られたものでございます」


 アシュフォード様は、うなずかれました。


「では、次に作る株にも、欄がある」


「ございます」


 それだけでございました。


 王都へ戻りましたのは、十二月十二日でございます。去年は十三日でございました。同じ道を、同じ乗合で、一日早く戻ったことになります。雪の来る前に発ちましたので、一日ぶん短うございました。


 灰坂の株は、百三十二ございました。鉢で越冬いたします。地に下ろすのは三月でございます。


 ノラは十七。字は、花暦の全部が読めます。書くほうは、まだ半分でございます。


 ベルタ様の株は、十月に三輪咲いて、いまは冬囲いをしてございます。来年の春に三本目が出ます。


 王城の南の列は、三月から掘ります。庭師が十四人。わたくしとノラで、二人。合わせて十六人でございます。三年の一年目でございます。


 ユアン様は、三棟目の母株を替えられました。三年目の株から、いちばん勢いのある枝を一本。二年で戻ります。


 その夜、新しい花暦を綴じました。


 これまでの十五年ぶんは、八十六枚で一冊でございます。これからのぶんを、新しく始めます。紙は五十枚。糸は麻でございます。


 一枚目を、開きました。


 白うございます。


 わたくしは、いちばん上に二行だけ書きました。


 ――土は、貸すものです。


 ――返すときに、良くしておきなさい。


 わたくしの字でございます。下の棒が短うございます。義母様に教わった書き方でございます。


 その下は、まだ白うございました。


 ノラが、横から覗かれました。


「奥様」


「はい」


「それ、読めます」


「読めますか」


「〈土〉と、〈貸〉は、まだです。でも、あとは読めます」


 ノラは、しばらく二行を見ておられました。


「奥様。これ、なんで書いたんですか」


 わたくしは、筆を置きました。


「いつか、誰かに渡します」


「誰にですか」


「まだ、決まっておりません」


 ノラは、それ以上お聞きになりませんでした。


 外は、雪ではございません。王都は、まだ降っておりません。


 十二月の灰坂は、風が西から入ります。石が六つ、南西の角に据えてございます。膝の高さでございます。

【今日の花暦】


切り株の年輪は、中心から数えます。狭いところは、日が当たらなかった年でございます。広いところは、まわりが開けた年でございます。年輪の広さが途中で変わっている木は、隣の木が倒れたか、切られたかしております。木は、自分の年だけでなく、まわりの年も覚えております。


 ここまでお読みくださって、ありがとうございました。第2部は、ここで一区切りでございます。


 十二月に、返せという書状が一通来ました。それから一年です。八十九株を返し、五十一が枯れ、三十八が戻りました。手元は九十四まで減って、いまは百三十二です。


 奥様は、一度も争いませんでした。訴えもしませんでした。返せと言われたので返して、水のやり方を書いた紙を三度断られて、それでも書きました。


 王城の帳面には、二十四年前に削られた欄がございます。削らせたのは殿下でした。削ったのは前の監督官で、それを隠していたのは、その息子です。誰も、得をしておりません。


 いまは、その欄に文字が入っております。


 ただ、北の塚の下から、薔薇ではないものが出ました。年輪が三十七。斧で切られております。北で果樹は育たない、とあの土地の方はみな仰います。


 その木を植えた方が、どなたなのかは、まだわかっておりません。


 【今日の花暦】と一緒に、またお目にかかれますよう。


 ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。三月に、王城の南の列を掘ります。

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