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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第52話:三十鉢を、選びます

 十一月九日でございます。


 即位の日は明日でございます。三十鉢。白。王城の大階段。


 候補は三十八株ございます。九月に建国祭で使った株は使えません。二度咲かせた株を三度咲かせますと、翌年が飛びます。ですから、六月に咲かせて、そのあと休ませた株から選びます。


 九月二十日に切り戻して、五十日でございますので、十一月九日から十四日のあいだに開きます。


 朝の六時から数えました。数えるのは朝でございます。昼を過ぎますと、その日に開くはずのものがもう開いてしまい、明日の分と今日の分が混ざります。混ざりますと、当日にいちばん良い顔をするものが選べません。


 開いているのが二十九。今日中に開きそうなのが六。明日の朝に開くのが三。合わせて三十八でございます。


 三十を選びます。八つ落とします。


 選ぶのに見るのは四つでございます。花弁の数。首の太さ。萼の反り。葉の残り方でございます。


 わたくしが株の前に立ちます。ノラが花暦を持って、後ろに立たれます。


「二十二番」


 ノラが、頁をめくられました。


「二十二番。六月十一日開花、蕾十四。七月十二日切り戻し。九月二日開花、九輪。九月二十日切り戻し」


 わたくしは、手を止めました。


 ノラは、読まれました。読み上げではございません。読まれました。


「ノラ」


「はい」


「いま、読まれましたね」


「読みました」


「六十字は」


「先週、終わりました」


 ノラは、頁を持ち替えられました。


「言ってません。言うと、奥様が試すので」


「試します」


「試されるのが嫌なので、言いませんでした」


 わたくしは、二十二番を見ました。花弁二十六。首は太うございます。萼は五枚とも反っております。葉は八割残っております。


「二十二番、入れます」


 ノラが印をつけられました。花暦の脇に、小さな丸でございます。


「二十二番、丸」


「次、三十番」


「三十番。六月九日開花、蕾十七。七月十二日切り戻し。九月一日開花、十一輪。九月二十日切り戻し。……奥様、この株、去年の十一月も使ってます」


「使っております」


「二年続けて、いいんですか」


「首を見ます」


 三十番の首は細うございました。去年の十一月に三十鉢の一つとして階段に上がって、今年も六月と九月に咲かせております。使いすぎでございます。


「三十番、落とします」


「三十番、外」


 午前中で、二十二株を決めました。昼を挟んで、午後に八株でございます。


 最後まで残ったのは四十一番と、五十三番でございました。どちらも花弁二十五。首の太さも同じ。萼も同じでございます。


「奥様。どっちですか」


「花暦を」


「四十一番。六月十日開花、蕾十二。七月十二日切り戻し。九月三日開花、八輪」


「五十三番は」


「五十三番。六月十日開花、蕾十二。七月十二日切り戻し。九月三日開花、八輪」


 同じでございました。


 ノラは、頁をもう一枚めくられました。


「奥様。去年の分も読みますか」


「お願いいたします」


「四十一番、去年の六月、蕾十九。五十三番、去年の六月、蕾十五」


 わたくしは、二株を見比べました。今年の数だけを並べますと、二つは同じでございます。同じに見えるものを分けるときは、去年を見ます。花暦を十五年つけておりますのは、この一日のためのようなものでございます。


「五十三番にいたします」


「多いほうじゃないんですか」


「去年十九つけて今年十二の株と、去年十五つけて今年十二の株でございます。減り方が違います」


「減ってるほうが、疲れてるんですね」


「疲れております」


「五十三番、丸」


 三十が決まりましたのは、四時でございます。去年は、同じ数を選ぶのに二日かかりました。今年が一日で済みましたのは、株が減っているからではございません。読み上げる者がいたからでございます。


 落とした八鉢は納屋の東へ移しました。落としたからといって、切ってしまうのではございません。開いた花はそのまま咲かせて、終わってから切ります。花を途中で切りますと、株はもう一度蕾を作ろうといたします。十一月に作った蕾は、まず開きません。作るだけ、株が減ります。


 八鉢のうち、二鉢はベルタ様へ持ってまいります。八十四でいらっしゃいますので、外へ出る用が減っております。切り花ではなく、鉢のままお持ちいたします。切り花は四日でございますが鉢なら十日でございます。


 鉢を並べ替えて、荷車に積む順にいたしました。積む順は階段に並べる順の逆でございます。先に積んだものが後から下りますので、逆にしておきますと、下ろした順にそのまま並べられます。


 夕方、王城から使いの方が参りました。


 三度目でございます。今度は書付でございました。


 ――明十日、奉納の後、殿下がお召しになる。系統帳を持参の由。


 わたくしは、二度読みました。


「ノラ」


「はい」


「読んでみてください」


 ノラは書付を受け取って、しばらく見ておられました。


「あ、け……あした、じゅうにち」


「はい」


「ほうのう、の、あと。でんかが、お召しになる」


「はい」


「けい、とう、ちょう、を、じさん、の、よし」


 ノラは、顔を上げられました。


「奥様。これ、系統帳を持ってこいってことですか」


「持ってくるのは、わたくしどもではございません」


「じゃあ、誰ですか」


「監督官様でございます」


 ノラは、書付を卓に置かれました。


「奥様」


「はい」


「あたし、いま、全部読みました」


「読まれました」


「一年です」


「一月の末から、十一月九日まででございます。九か月と少しでございます」


 ノラは、そこで少し笑われました。


「奥様、そこは一年でいいです」


「では、一年でございます」


 その夜、荷車に麻布を張りました。明日は六時に出ます。


 わたくしは、花暦の一枚目を開きました。


 二行ございます。


 字が細く、右へ流れます。羽ペンの角度が、この国のものではございません。


 明日、その帳面と、この頁が、同じ部屋に並びます。

【今日の花暦】


同じ年に同じ数の蕾をつけた株が二つあれば、前の年を見ます。十九から十二へ減った株と、十五から十二へ減った株では、疲れ方が違います。今年の数だけを見て選ぶと、翌年に飛びます。株を選ぶのは、今年の花ではなく、去年との差でございます。


 ノラは六十字を先週で終えていました。黙っていたのは、言うと試されるからだそうです。この一年で、この人は数える人から、読む人になりました。


 次回、十一月十日でございます。即位の日に、系統帳が開きます。

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