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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第49話:告発は、いたしません

 十月二十九日でございます。


 その日、ユアン様が非番で来られました。ノラは、朝から鉢の冬囲いの支度をしておりました。藁を束ねて、根元に巻く形に切ります。二十一鉢ぶんで束が六十三でございます。


 三人で納屋の前に座りました。卓に紙を三枚並べました。


 一枚目が頁の写し。二枚目が擦った紙。三枚目が、ソレル先生に見せていただいた十九年前の契約書付の署名の写しでございます。


 三枚とも卓の上で角を揃えました。紙の大きさが違います。頁の写しがいちばん大きく、擦った紙がいちばん薄うございます。薄い紙は風で動きますので上に鏝を置きました。


 その日は晴れでございました。十月末の晴れは風がございます。西からでございます。灰坂の風は、いつも西から入ります。


 三枚を並べますと、こうなります。


 二十四年前、下賜。名目は奉納の返礼。書いたのはエドモン・ヴェルニエ監督官。母株の欄は削られている。


 十九年前、その返礼の元になるはずの奉納がようやく始まる。書付の署名は同じエドモン・ヴェルニエ。


「これ、出したらどうなりますか」


 ユアン様がそう仰いました。


「王城の帳面に、書き換えがあったことになります」


「監督官は」


「いまの監督官様が削られたのではございません。ですが、十一年、開かせずにおられます」


「僕が式部に出したら、どうなりますか」


 わたくしは、少し考えました。


「調べが入ります。三枚とも、出どころを聞かれます」


「僕です」


「ユアン様は、翌日から王城におられません」


 ユアン様はうなずかれました。


「知っています」


 ノラが藁の束を置いて、こちらへ来られました。手に藁の切り屑がついております。束を切る仕事は、根元から三寸のところで揃えます。揃わない束は、巻いたときに厚みが変わって、薄いところから冷えが入ります。


「奥様」


「はい」


「出しましょうよ」


「ノラ」


「三月に八十九持っていって、五十一枯らしたんですよ。あの人が」


「はい」


「奥様は一株も枯らしてないのに、半分持っていかれたんです」


「はい」


「これ出したら、終わりますよね。あの人」


 わたくしは、三枚を揃えました。角を合わせて、鏝を退けて、いちばん薄い擦った紙を下に入れました。薄い紙は、上に置くと風で先に飛びます。


「終わります」


「じゃあ」


「出しません」


 ノラは、しばらくわたくしを見ておられました。


「なんでですか」


 わたくしは、去年の十一月のことを思い出しておりました。入札に出さないと申し上げたときでございます。あのとき、ノラに理由を申し上げませんでした。「頼まれていない庭には参りません」とだけ申し上げて、ノラは怒って、株を一鉢、王城の通用門へ置いてこられました。


 あれから、一年でございます。


「ノラ」


「はい」


「今日は、理由を申し上げます」


 ノラが座られました。


「一つ目でございます。この三枚は、庭のことではございません」


「庭じゃないと、だめなんですか」


「わたくしにできるのは、土と花期だけでございます。帳面の正しさを決めるのは、わたくしの仕事ではございません」


「でも、奥様が困ってるんですよ」


「はい。ですが、困っているのは株を返したことでございまして、帳面が削ってあることではございません」


 ノラは口を開けて、閉じられました。


「二つ目でございます。この三枚を出しますと、いちばん先に調べられるのは、義母様でございます」


 ノラが顔を上げられました。


「アメリー様ですか」


「はい。二十四年前に、家格のない娘が王家の株を三つ受け取っております。書き換えを問うということは、あの受け渡しを問うということでございます」


「でも、義母様は」


「もう、いらっしゃいません」


 わたくしは、二枚目の擦った紙を見ておりました。六文字と、四文字でございます。


「いらっしゃらない方は、答えられません」


 しばらく、誰も何も申しませんでした。風は西から入っております。納屋の前には、切りかけの藁が三十ほど積んでございました。乾いた藁は、風に鳴ります。その音だけがしておりました。


 ユアン様が口を開かれました。


「三つ目は、ありますか」


「ございます」


「なんですか」


「わたくしは、まだ系統帳を見ておりません」


 ユアン様が写しを指されました。


「これがあります」


「写しでございます。ユアン様のお手でございます。わたくしが見たのは、ユアン様の字でございまして、系統帳ではございません」


 ユアン様はしばらく黙っておられました。


「……信用していない、ということですか」


「信じております」


「じゃあ」


「見たものと、聞いたものは、違います。株の話でしたら、わたくしは掘って根を見るまで何も申しません。帳面の話でも、同じにいたします」


 ユアン様は写しを畳まれました。折り目は四つでございます。一月に頁の形を持ってこられたときと、同じ畳み方でございました。懐に入れて歩くときに、この畳み方がいちばん角が立ちません。


「僕も、出しません」


「よろしいのでございますか」


「よくないです。ずっとよくないと思っています。でも、僕が出したら、僕は明日から三棟目を見られません。三棟目には、三十一鉢あります」


「はい」


「あの三十一は、僕が水をやったから生きています」


「そうでございます」


 ユアン様は写しを懐に入れられました。


「僕は、まだ数えたいです」


 ノラは卓の端をずっと握っておられました。指の跡が四つ、木に残っております。この卓は、去年マイエル様に余りの板でこしらえていただいたものでございます。柔らかい木でございますので、跡はしばらく消えません。


「奥様」


「はい」


「あたし、納得してません」


「はい」


「でも、去年より分かります」


「はい」


「去年は、なんで出さないのか、全然分かりませんでした」


 ノラは藁のところへ戻っていかれました。戻ってから、一度だけ振り返られました。


「奥様。あたし、二十一になったら、自分で決めますからね」


「そのときは、そうなさってください」


 三人が座っていたあいだ、藁は半分しか進みませんでした。残りは翌日でございます。


 冬囲いは日を選びます。早く巻きますと、中が暖こうなって芽が動きます。動いた芽は二月の冷えで折れます。遅く巻きますと、その前の冷えで根の先が傷みます。灰坂では十一月の末が目安でございます。前の年は二十八日に巻きました。花暦にそう書いてございます。


 その晩、束を六十三、納屋の壁へ立てかけました。立てておきますと、湿りが抜けます。寝かせて置いた藁は下から黴が来ます。


 十一月一日に王城から使いが参りました。三度目でございます。十二月に書状、六月に口上、そして今度も口上でございました。書状には印が要りますが、口上には要りません。あとに何も残らない伝え方でございます。


 口上でございます。――十一月三日、監督官が召す。


 理由は書いてございませんでした。

【今日の花暦】


冬囲いの藁は、根元に三寸巻きます。上まで巻きますと、暖かくなって枝が動きます。動いた枝は、二月の冷えで折れます。守るのは根で、枝ではございません。冬に守りすぎた株は、春に遅れます。


 去年の十一月、奥様は入札に出さない理由を言いませんでした。今年は言いました。ノラは納得していません。ただ、去年より分かる、と言いました。この一年で変わったのは、ノラのほうだけではありません。


 次回、監督官がお呼びになります。十一月三日でございます。系統帳は、あの方が自分でお開きになります。

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