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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第48話:一年三か月でございました

 十月十六日でございます。


 ベルタ様のお宅からお使いが参りました。隣の家の子でございます。八つか九つでしょう。走ってこられたので、息が上がっておりました。


「ベルタ様が、来てくださいって」


「花でございますか」


「わかんない。来てって」


 ノラと二人で参りました。灰坂から北の外れまで、一時間十分でございます。走りはいたしません。走ると、着いてから手が震えます。手が震えると、花の萼が見られません。


 門は開いておりました。


 六歩でございます。


 株は、庭の真ん中にございます。


 五月に三本出た芽のうち、一本を落として、二本にいたしました。その二本が、いまは丈二尺三寸と、二尺一寸でございます。夏のあいだに太くなりました。指の太さの半分ほどでございます。


 高いほうの枝の先に、蕾が三つございました。


 いちばん先のものが、開いておりました。


 一輪でございます。


 白でございます。花弁は二十二枚。縁に色はございません。母から受け継いだ系統でも、アメリーでもございません。ベルタ様のお宅に、五十年前からあった株でございます。


 わたくしは、しゃがみました。土の上に膝をつきますと、花の高さと目の高さが合います。上から見ると弁の数が数えられますが、正しく開いているかどうかは分かりません。


 下から見ました。萼が五枚とも下へ反っております。正しく開いております。


「エルシャさん」


 ベルタ様が、家から出てこられました。杖をついておられます。五月より、歩幅が短うございました。


「ベルタ様」


「見ましたか」


「拝見いたしました」


「いつ開いたか、分かりますか」


 わたくしは、花弁の外側を見ました。まだ内へ巻いております。


「昨日の夜でございます」


「十五日の夜です」


「はい」


 ベルタ様は株の前まで来られて、そこで止まられました。


「エルシャさん」


「はい」


「去年の七月に、何とおっしゃいましたか」


 わたくしは、覚えておりました。


「二年、かかります。……お待ちになれますか」


「わたし、なんと答えましたか」


「待つのは、得意です」


 ベルタ様は、うなずかれました。


「一年三か月です」


「一年三か月でございます」


「二年と、おっしゃいました」


「申し上げました。九か月、早うございました」


「早いのは、よいことでしょう」


「いけません」


 ベルタ様は、杖の先で地面を軽く突かれました。


「なぜですか」


「見立てが外れております。七月に掘った四本目を、細く見ておりました。あの日にもう半寸掘っておりましたら、一年あまりと申し上げられました」


「わたしは、九か月、得をしました」


「なさいました」


 ベルタ様はしばらく黙っておられました。それから、杖を持ち替えられました。


「エルシャさん」


「はい」


「わたし、去年の冬に、一度だけ諦めました」


「はい」


「十二月です。幹が灰色のままで、何も出ておりませんでした。それで、もういいと思って、水をやらなかった日がありました」


「何日でございますか」


「三日です」


 わたくしは、土に指を入れました。二寸で湿っております。


「三日でしたら、影響はございません」


「そうですか」


「十二月でございましたら、七日空いても大丈夫でございます」


 ベルタ様は、そこで初めて笑われました。


 ノラは、少し離れたところに立っておられました。株のほうを見ておられます。


「ノラさん」


「はい」


「あなた、大きくなりましたね」


「十七になりました」


「そうですか」


 ベルタ様は花のほうへ手を伸ばされました。触れずに、そこで止められました。


「触ると、早く傷みますか」


「一日、早くなります」


「では、やめます」


 ベルタ様は、手を下ろされました。


 その日にしたことは、二つでございます。


 一つ目は灰色の幹を切ることでございます。五月には切りませんでした。風を受けるものが残っていたほうが、根が締まるからでございます。もう新しい枝が二本、十分に太くなりました。ですから、切ります。


 鋸で、根元から二寸のところで切りました。切り口は上に向けません。斜めにいたします。水が溜まらないようにでございます。


 切った幹は、二尺六寸ございました。乾いておりますので、軽うございます。


「これは、どういたしますか」


「置いていってください」


「はい」


 二つ目は、残りの二つの蕾でございます。


 三日おきに開きます。今日から六日のあいだでございます。


「ベルタ様。あと二輪、開きます」


「二輪」


「十九日と、二十二日ごろでございます」


「では、三輪ですね」


「三輪でございます」


 水は、これからは五日に一度でございます。二本の枝が立ちましたので、根も伸びております。伸びた根は深いところの水を使います。上から毎日やる必要はございません。


 冬囲いは、十一月の末でございます。藁を根元に三寸。上は巻きません。この株は五十年ここにおりますので、寒さは知っております。守るのは根元だけでよろしいのです。


 来年の予定も、申し上げました。春に三本目が出ます。出たら、いちばん内側を落とします。夏に切り戻して、秋にまた咲きます。三年目からは、毎年でございます。


 ベルタ様は、その全部を聞いておられました。それから、一度だけ、うなずかれました。


 帰りに、門のところで振り返りました。庭は十歩四方でございます。株が一つきりでございますので、この庭は一株ぶんの手間で足ります。八十四の方が一人でお守りになるには、それがちょうどでございます。


 ベルタ様は、切った幹を両手で持っておられました。持ち上げて、家のほうへ運ぼうとしておられます。重くはございませんが、杖が使えません。


 ノラが戻って、代わりに持たれました。


「どこですか」


「台所の、竈の横に」


「燃やすんですか」


「いいえ」


 ベルタ様は、杖をつき直されました。


「置いておきます」


 灰坂へ戻る道は、一時間半かかりました。行きは一時間十分でございます。急ぐ用がございませんと、人は同じ道でも遅くなります。


 途中で、ノラが仰いました。


「奥様」


「はい」


「一年三か月って、長いですね」


「長うございます」


「でも、あの人、待てましたね」


「待たれました」


 ノラは、しばらく黙って歩いておられました。


「奥様。北の下の十二株は、あと四年ですよね」


「四年でございます」


「ベルタ様は、八十四です」


「はい」


 わたくしは、道の先を見ておりました。


「四年でございます」


 即位の日まで、あと二十五日でございました。

【今日の花暦】


死んだように見える幹は、新しい枝が十分に太くなるまで切りません。上に何か残っていると、株は風に耐えようとして根を締めます。切るのは、新しい枝が指の太さの半分になってからでございます。切り口は斜めにいたします。上を向けると、そこに水が溜まって腐ります。


 去年の七月に「二年かかります」と申し上げました。実際には一年三か月でした。ベルタ様は「九か月、得をしました」と仰いましたが、奥様は自分の見立てが外れたほうを数えております。早く咲いても、外れは外れでございます。


 次回、写しを出すか出さないかの話でございます。出せば監督官は終わります。奥様は出しません。


 ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。

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