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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第45話:九月三日、三十鉢

 九月三日は、建国祭でございます。


 白薔薇三十鉢。王城の大階段。基準日は九月三日で、動きません。


 仕込みは七月十二日から始めました。六月に咲いた株を切り戻して、九月に二度目を咲かせます。切り戻しから開花まで、五十日から五十五日。七月十二日に切りますと、八月三十一日から九月五日のあいだに咲きます。


 候補は四十二株にいたしました。三十鉢に対して十二の余りでございます。去年の十一月は、使える株が三十二で、余りが二つでございました。九月は六月の株がそのまま二度目に回りますので、余りが取れます。十一月は、九月に使った株を外しますから、そうはまいりません。


 八月は雨が少のうございました。十七日から二十四日まで、八日続けて降りませんでした。灰坂は西風が入りますので、乾きが早うございます。桶で運びました。一日に六十杯でございます。ノラと二人で、朝と夕方に分けました。


 八月二十六日に、北から手紙が参りました。


 ――船は八月十一日に着いた。言い回しについては、聞いている者がまだ王都におらぬ。九月に返事を出す。


 それだけでございました。


 九月一日の朝に、二十六株が開きました。二日に、七株。合わせて三十三でございます。三十を選んで、三つを外しました。外したのは花弁の数が二十三のものが二つと、首が細いものが一つでございます。


 二日の夕方に運び込みました。荷車で二度。東門でございます。


 三日の朝、六時から並べました。前の晩に運び込んだ鉢は、夜のうちに向きが狂います。荷車の上で寄せて積みますので、下ろしたときには花が内を向いております。並べ直すのは、そのためでございます。


 建国祭の階段は叙勲のときより広く使います。左右に十五ずつでございます。段の幅は同じでございますので、鉢と鉢のあいだが狭うございます。三寸でございました。


 式は十一時から。人が入り始めるのが十時でございます。


 わたくしどもは、階段の下の脇に控えておりました。去年と同じ場所でございます。


 去年のこの日、伯爵家の丘では八十鉢のうち十一鉢だけが咲いておりました。名簿から名が消えたのは、八月三十一日でございます。十九年ぶりでございました。


 今年の名簿には、灰坂と書いてございました。


 建国祭の階段には、上から二段目に燭台が置かれます。式のあいだは火が入ります。火の下の鉢は熱を受けます。前の年までは、そこも鉢を置いておられました。今年は空けました。空けたぶん、鉢と鉢の間隔が一寸ずつ広がります。並べ直したのは、その一寸ぶんでございます。


 式は一時間半でございました。九月の日は、十時を過ぎますと段の上まで回ります。上から三段目までの鉢は、一時間半のあいだ日の下でございます。白は、日が強いと縁から透けます。透けた花は、翌日にはもう使えません。


 終わって、人が引いて、片づけまでのあいだでございます。


 階段の上から、殿下が下りてこられました。侍女の方が二人。四月と同じでございます。


 わたくしは、頭を下げました。


「灰坂の」


「はい」


「三十、ありますね」


「三十でございます」


 殿下は、階段を三段下りたところで止まられました。そこの鉢をご覧になっております。


「四月のと、同じ白ですね」


「同じ系統でございます。母から受け継いだものでございます」


「アメリーではない」


「アメリーではございません」


 殿下は、扇を閉じられました。


「灰坂の」


「はい」


「あなたは、系統帳を見ましたか」


 わたくしは、顔を上げました。


「拝見しておりません。二度お願いいたしましたが、お許しが出ませんでした」


「そう」


 殿下はそれから、こう仰いました。


「第百七号の、母株の欄は、空白でしょう」


 わたくしは、答えられませんでした。


 空白であることを存じているのはわたくしと、ユアン様と、監督官様だけでございます。ユアン様は、頁の形を紙に描いてくださいました。中身は写しておられません。


 殿下は、こちらをご覧になりませんでした。階段の鉢を見たままでいらっしゃいます。


「……空白でございます」


「そう」


「殿下」


「なんですか」


「なぜ、ご存じでいらっしゃいますか」


 殿下は、扇を持ち替えられました。


「わたくしは、二十六年前に、この国へ参りました」


「はい」


「四十鉢、持ってまいりました」


「伺っております」


「三年で、全部枯れました」


 殿下はそこで一度、階段の上をご覧になりました。


「その話は、王城の誰でも知っています。庭師の頭も、式部の書記も知っています。ただ、その次に何があったかを覚えている者は、もうおりません」


「次に、何がございましたか」


 殿下は、答えられませんでした。


 かわりに、階段を一段上がられました。


「灰坂の」


「はい」


「十一月十日は、即位の日です」


「はい。三十鉢でございます」


「その日に、系統帳を持ってこさせます」


 わたくしは、頭を下げました。


「あなたに見せるためではありません」


「はい」


「わたくしが、見るためです」


 殿下は、階段を上がっていかれました。


 片づけを終えて、灰坂へ戻りましたのは四時でございます。三十鉢のうち、縁の透けたものが四つございました。日の当たった上三段の鉢でございます。四つとも、今年はもう使いません。切り戻して、来年の六月へ回します。


 ノラが、荷車を納屋へ入れながら仰いました。


「奥様」


「はい」


「あの方、空白って言いましたよね」


「仰いました」


「奥様、まだ見てないですよね」


「見ておりません」


「じゃあ、なんで知ってるんですか」


 わたくしは、荷台の麻布をたたんでおりました。


「わかりません」


「奥様、それ、今年三回目です」


「三回目でございますか」


「わからないって言うの、三回目です」


 その夜、乗合で聞いた話を、花暦の隅に書きました。


 レーンフェルト伯爵家が、領地の東の三分の一を手放したそうでございます。八月のことだと伺いました。馬場はまだできておりません。

【今日の花暦】


切り戻してから咲くまでは、五十日から五十五日でございます。日数は品種で決まっておりますので、逆に数えれば切る日が出ます。九月三日に咲かせるなら、七月十二日でございます。花期を合わせるというのは、当てるのではなく、引き算をすることでございます。


 殿下は「あなたに見せるためではありません。わたくしが、見るためです」と仰いました。この一言で、十一月十日に系統帳が開くことが決まりました。誰も奥様のために動いていません。


 次回、南から返事が届きます。それと、ユアンが頁を一枚、写して持ってまいります。空白の四角には、続きがございました。

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