第42話:根元から、芽が出ました
五月三十日に、ベルタ様のお宅へ参りました。
王都の北の外れでございます。石の塀が低く、門は木でございます。庭は十歩四方ほど。その真ん中に、株が一つございます。
去年の七月に、初めて伺いました。そのとき、幹はもう灰色でございました。触ると乾いた音がいたします。根を四本掘って、三本が崩れました。四本目が白うございました。
二年かかる、と申し上げました。ベルタ様は八十三でいらっしゃいました。
「待てますか」
そうお尋ねしたのは、わたくしでございます。
ベルタ様は、そのとき、こうお答えになりました。
「待つのは、得意です」
去年の十一月に伺ったときは、細根が三本まで戻っておりました。幹は灰色のままでございます。地上には、何も出ておりませんでした。
五月三十日でございます。
門を入って、株のところまで六歩でございます。
根元に、緑がございました。
地面から二寸ほど。太さは麦の茎ほど。赤みを帯びた緑でございます。新しい枝は、最初は赤うございます。
一本ではございませんでした。三本ございました。
わたくしは、しゃがみました。それから、三本とも根元を確かめました。台木から出たものではございません。接いだところより上でございます。
「エルシャさん」
ベルタ様が、家から出てこられました。杖をついておられます。前に伺ったときは、杖はございませんでした。
「ベルタ様」
「見ましたか」
「拝見いたしました」
「いつ出たか、分かりますか」
わたくしは、芽の色を見ました。根元の赤が、まだ濃うございます。
「十日ほど前でございます」
「五月の二十日です」
「はい」
「わたし、毎朝見ておりました。十九日にはありませんでした。二十日の朝にありました」
ベルタ様は、そこで杖を持ち替えられました。
「一晩です」
「一晩でございます」
「十か月待って、一晩でした」
わたくしは、三本の芽を見ておりました。三本とも、株の南側から出ております。北側からは一本も出ておりません。根が先に太ったのが南側だということでございます。日の当たる側の根が先に動きますので、芽もそちらから出ます。
「ベルタ様」
「はい」
「これは、今年は咲きません」
「そうですか」
「この三本は、今年のあいだに太くなります。太くなった枝に、夏のうちに花芽ができます。咲くのは、秋でございます」
「秋」
「十月でございます」
ベルタ様は、しばらく黙っておられました。杖の先が、地面の同じところを二度、押しております。土が乾いておりませんので、跡が残りました。
「十月」
「はい」
「では、あと五か月です」
「五か月でございます」
ベルタ様は、杖の先で地面を軽く突かれました。
「エルシャさん」
「はい」
「わたし、八十四になりました。三月です」
「おめでとうございます」
「めでたいかどうかは、分かりません。ただ、五か月なら、大丈夫だと思います」
わたくしは、道具を出しました。鋏と、移植鏝と、麻の紐でございます。鋏はこの日は使いません。持ってまいりますのは、使わないと決めるためでございます。持たずに来ますと、要ると思ったときに切りたくなります。
この日にすることは、三つでございます。
一つ目は、古い幹の始末でございます。灰色の幹は、もう戻りません。ですが、いま切ってはいけません。新しい三本が、まだ細うございます。風を受けるものが残っていたほうが、根が締まります。切るのは、秋でございます。
二つ目は、三本のうち一本を落とすことでございます。三本を全部育てますと、どれも細くなります。二本にいたします。落とすのは、いちばん内側の一本でございます。内側は日が当たりません。
三つ目は、水でございます。根が三本しかございませんので、水は少なめにいたします。三日に一度、一度に二杯。多いと根が伸びません。
落とす一本は、鋏では切りません。指で折ります。まだ柔らこうございますので、根元を押さえて横へ倒せば取れます。鋏を入れますと、切り口が平らになって水が溜まります。指で折った跡は斜めになります。斜めの傷は乾きます。
折った一本は、ベルタ様にお渡ししました。長さ二寸でございます。
「これは、どうすればよいですか」
「どうもいたしません。三日で萎れます」
「捨てますか」
「お好きになさってください」
ベルタ様は、それを前掛けの物入れに仕舞われました。
三つ目を申し上げると、ベルタ様が仰いました。
「わたし、毎日やっておりました」
「毎日でございますか」
「毎日、二杯です。心配で」
わたくしは、土に指を入れました。二寸で湿っております。五寸で、まだ湿っております。
「ベルタ様」
「はい」
「三日に一度に、していただけますか」
「毎日やるのは、いけませんか」
「いけません。毎日水がございますと、根は探しに行きません。探しに行かない根は、伸びません」
ベルタ様は、杖に両手を置かれました。
「わたし、十か月、毎日やっておりました」
「はい」
「では、わたしのせいで遅れましたか」
わたくしは、顔を上げました。
「遅れておりません。去年の十一月に、来年の春と申し上げました」
「ですが」
「春に出ました。申し上げたとおりでございます」
ベルタ様は、しばらく杖を握っておられました。
「そうですか」
「はい」
「では、三日に一度にします」
帰りに、門のところで振り返りました。ベルタ様は、株の前に立っておられました。杖の先が地面に触れております。
灰坂へ戻る道で、王城の塀の外を通りました。中は見えません。ただ、塀の内側から水を撒く音がいたしました。
毎日でございます。
【今日の花暦】
新しい枝は、出たばかりのころは赤うございます。日が経つと緑になります。赤の濃さで、出てから何日かが読めます。十日以内なら、根元がまだ赤い。二十日を過ぎると、根元から緑になります。芽が出た日を聞かなくても、色で分かります。
ベルタ様は十か月、毎日水をやっておられました。多すぎます。それでも去年の十一月に申し上げたとおり、この春に芽が出ました。奥様は「遅れておりません」と申し上げました。事実です。
次回、ノラが名前を一つ書きます。半年かかりました。




