第41話:北の丘に、堆肥を入れました
五月十三日に王都を出て、十六日に北へ着きました。乗合で二日、荷馬車で一日でございます。
北は、まだ寒うございました。五月でございますが、朝は息が白うございます。去年の十二月に見た斜面が、緑になっておりました。草は短うございます。丈は膝の下まででございます。
塚は六つ、崩れておりませんでした。北側に積んだ石が、そのままでございます。冬の雪で少し沈んでおりますが、形は残っております。囲いの中の一株は、葉を出しておりました。去年の十二月に一輪咲いた株でございます。
アシュフォード様は、塚の三つ目のところに立っておられました。上着の袖をまくっておられます。
「エルシャ殿」
「ご無沙汰しております」
「堆肥は、届いている」
「拝見いたしました。村の東でございますね」
「六つの山に分けた。指で潰した」
わたくしは、少し驚きました。
「潰されましたか」
「あなたが去年、そう言った。繊維が残っていれば生、崩れて黒くなれば使える、と」
「申しました」
「四つは使える。二つは生だ」
見にまいりました。四つは黒うございました。二つは、まだ藁の形が残っております。夏まで置けば使えます。
その日から三日、堆肥を入れました。塚の上に載せるのではございません。塚の外周を一尺の幅で掘って、そこへ入れて埋め戻します。根は、二年目からその輪のところまで来ます。来たときに、そこに餌があるようにいたします。
塚が六つで、外周が一つあたり十二尺。合わせて七十二尺でございます。二人で三日かかりました。村の方が二人、手伝ってくださいました。
村の方お二人は、鋤の使い方をご存じでした。北は石が多うございますので、掘るより退けるほうが仕事になります。鋤を差して起こす。石が当たれば手で拾う。拾った石は塚の北へ積みます。この土地の方はみな、そうやって畑を作ってこられたのだと思います。
二日目に、一つ目の塚の東側で大きな石が出ました。三尺ほど。四人で起こしました。起こした下に、砂の層がございました。北の斜面で砂が出るのは珍しゅうございます。昔、ここに水が通っていたのだと思います。
その穴は、埋め戻しました。堆肥の輪は、その手前で止めております。
三日目の夕方に、囲いの中の一株を見にまいりました。
葉が十四枚。去年より二枚多うございます。蕾はございません。今年は咲きません。三年目まで咲かせません。咲かせますと、根が伸びなくなります。
「今年は、咲かぬのか」
「咲かせません。蕾がついたら、摘みます」
「四年目に一輪残す、と言っていたな」
「四年目に一輪。五年目に、下の十二株が咲きます」
アシュフォード様は、うなずかれました。
それから、少し間がございました。
「手紙を、読んだ」
「はい」
「八十九、返したそうだな」
「三月一日に、王城へ運びました」
「二百十四のうちの八十九か」
「手元の百八十三のうちの八十九でございます」
「残りは」
「九十四でございます」
アシュフォード様は、斜面の下をご覧になりました。村の屋根が十二ございます。煙が三つ上がっておりました。
「あなたは、その話を手紙の最後に一行だけ書いた」
「はい」
「なぜ書いた」
わたくしは、答えを持っておりませんでした。
「わかりません」
「そうか」
アシュフォード様は、それ以上お聞きになりませんでした。かわりに、こう仰いました。
「北の株には、関わりのないことだ」
「はい」
「だが、書いてよかった」
わたくしは、頭を下げました。
その晩、村の家で夕食をいただきました。麦と、干した魚と、根菜でございます。食べ終わってから、わたくしは一つお願いをいたしました。
「アシュフォード様」
「なんだ」
「南のサンティエと、交易はございますか」
「ある。羊毛を出して、塩と油を入れている。年に二度、船が来る」
「言い回しを、一つ調べていただけませんでしょうか」
わたくしは、紙に書きました。
――土は、貸すものです。返すときに、良くしておきなさい。
アシュフォード様は、その二行をご覧になりました。
「これは」
「花暦の、いちばん古い頁にございました。わたくしの字でも、義母の字でもございません」
「あなたは、この二行を十五年、毎日見ていたのか」
「見ておりました。読んでおりませんでした」
アシュフォード様は、紙を折られました。
「向こうの言い回しかどうかを、聞けばよいのだな」
「はい。それと、こういう言い方をする土地が、南にあるかどうかを」
「船は八月に来る。返事は九月になる」
「かまいません」
アシュフォード様は、紙を懐に入れられました。
「エルシャ殿」
「はい」
「五年後の話は、しない」
「はい」
「約束したのは五年後だ。それより早く言えば、約束のほうが軽くなる」
わたくしは、火を見ておりました。
「はい」
翌朝、北を発ちました。塚の脇に、去年の石が六つ余っておりました。灰坂へ送っていただいた六つとは別でございます。
「これは、いかがなさいますか」
「置いておく。使い道は、そのうち出る」
わたくしは、その六つを見ておりました。片面が黒うございます。窯の跡から出た石でございましょうか。北にも、昔、何かを焼いていた場所があったのかもしれません。
【今日の花暦】
堆肥は株の真下ではなく、外周に入れます。根は餌のあるほうへ伸びますので、外に置けば外へ広がります。真下に入れると、そこで止まります。二年目の株に堆肥をやる位置は、いまの根の先ではなく、二年後に根が来る場所でございます。
あの方は五年後の話をしませんでした。理由も言いました。早く言えば約束が軽くなるからです。奥様はそれに「はい」とだけ答えて、火を見ておりました。
次回、王都へ戻ります。ベルタ様の株に、初めての春が来ております。八十四におなりでございます。




