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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第40話:二十六年前の、輿入れ

 四月十四日に、三月に移した六株を地へ戻しました。土ごと切り取って持ち上げた株でございますので、掘った穴がそのまま残っております。同じ穴へ、同じ向きで戻します。向きを変えますと、日の当たっていた側が北を向いて、その側の枝が二年細くなります。根は一本も切っておりませんので、二日で終わりました。鉢は、二十一に戻っております。


 四月二十四日に、ソレル先生のところへ参りました。


 用件は二つでございます。一つは王城への受け取り書付の控えを預けること。もう一つは、二十六年前のことを伺うことでございます。


 先生は八十をお二つ越えておられます。伯爵家の弁護士でいらしたのは三十年。その前は王都の登記所におられました。


「二十六年前ですか」


「はい」


「殿下の輿入れの年ですな」


「ご存じでございますか」


「登記所におりましたから。婚姻の登記は、王家のものも同じ帳面に入ります。字が大きいだけです」


 先生は、湯を淹れてくださいました。三十年、この部屋で同じ茶器をお使いでございます。縁が一箇所欠けております。伯爵家の丘へ来られるときも、この湯呑みを鞄に入れてこられました。


「南のサンティエから来られました。船で四十日。輿入れの行列に、鉢が四十積んであったと聞いております」


「薔薇でございますか」


「薔薇です。向こうの白い薔薇だそうです」


 わたくしは、湯呑みを置きました。船で四十日でございます。鉢のまま四十日となりますと、途中で水をやるほかにございません。海の上の水は真水が乏しうございますので、たいていは足りません。着いた時点で、根はもう一度傷んでおります。


「その四十鉢は、どうなりましたか」


「三年で全部枯れたと聞いております」


 先生は、そこで少し笑われました。


「王城の庭師が総出で世話をして、それでも枯れました。当時は評判になりました。私も覚えております」


「なぜ枯れたか、聞いておられますか」


「聞いておりません。庭のことは、私には分かりません」


 わたくしは、少し考えました。南の国の土はこちらより軽うございます。石灰が多うございます。四十鉢を運んできて、こちらの土に植え替えれば、根の周りの水の抜け方が全部変わります。三年は、ちょうどでございます。一年目は持ち込んだ鉢の土で保ちます。二年目に細り、三年目に枯れます。


「先生」


「はい」


「その三年のあと、王城は誰かを呼びましたか」


 先生は、しばらく天井をご覧になっておりました。


「……呼びました。薬師の娘です」


 わたくしは、湯呑みを持ったまま動きませんでした。


「アメリー様でございますか」


「はい。当時は、ただのアメリーです。町の薬師の娘で、薬草の畑を持っておりました。土を作るのが上手だという評判で、それで呼ばれたと聞いております」


「いつのことでございましょう」


「輿入れの二年後です。ですから、二十四年前になります」


 二十四年前。系統帳に、三株の下賜が記された年でございます。


「先生。アメリー様がレーンフェルト家へお輿入れになったのは」


「二十三年前です。前の伯爵が、王城でお会いになったのがきっかけだと聞いております」


 わたくしは、紙に書きました。


 二十六年前、殿下の輿入れ。四十鉢。


 二十三年前、アメリー様が伯爵夫人になられる。


 二十四年前、第百七号を三株。


 順が、合いません。


「先生」


「はい」


「系統帳の下賜先の欄に、二十四年前の記載として、アメリー・レーンフェルトと書いてございます」


「ほう」


「二十四年前、アメリー様はまだレーンフェルトではございません」


 先生は、湯呑みを置かれました。それから、しばらく黙っておられました。


「エルシャさん」


「はい」


「登記の帳面でしたら、それは書き直しです。あとから名を入れると、そうなります」


「あとから」


「本人が嫁いだあとに、遡って書いた。あるいは、最初の記載を消して、書き直した。どちらかです」


 わたくしは、ユアン様の描かれた四角を思い出しておりました。母株の欄でございます。何も入っておりませんでした。


「先生。書き直すときに、書けなくなる欄がございますか」


「ございます」


 先生は、指を一本立てられました。


「筋の通らない欄です。たとえば、下賜の名目を『奉納の返礼』と書いたとします。返礼でしたら、こちらから何かを納めた者にお返しをすることになります。ところが、その者が納めた記録がない。すると、出どころの欄が書けません」


「書かなければ、どうなりますか」


「空きます。空いていれば、誰も追いません」


 わたくしは、もう一つだけ伺いました。


「先生。二十四年前より前に、王城へ薔薇を納めた者の記録はございますか」


「奉納の記録でしたら、王城の帳面です。登記所にはありません」


「では、伯爵家が建国祭に献花を始めたのは」


「十九年前です。それは私が書きました。契約の書付があります」


 十九年前。三株の下賜より、五年あとでございます。


 返礼が先で、納めたのが五年あとになります。順が逆でございました。


 わたくしは、頭を下げて外へ出ました。


 乗合を待つあいだ、丘のほうを見ておりました。上の三分の一はもう土の色でございます。剥いだ土は二月に運び出されておりました。


 灰坂へ戻ったのは、六時でございます。門を入って、まず鉢の列を見ました。四月の夕方は、鉢の表が白く乾いて見えます。乾いて見えるのと乾いているのは別でございますので、指を入れて確かめます。三十四番だけ湿っておりませんでした。


 ノラが、納屋の前で地面に字を書いておられました。均した土が、朝より一寸低うございます。書いて消してを繰り返しますと、土が減ってまいります。


「奥様」


「はい」


「今日、四つ書きました」


「三つと申し上げました」


「三つ覚えて、四つ目は自分でやりました」


 わたくしは地面を見ました。〈水〉〈日〉〈土〉。それと、もう一つ。


「これは」


「〈北〉です」


「教えておりません」


「手紙の封に書いてありました。北から来る封に、いつも同じ字があるので」


 わたくしはその字を見ておりました。左の払いが長うございます。ですが、〈北〉でございました。


「ノラ」


「はい」


「五月十六日に、北へ参ります」


「あたしも行きますか」


「灰坂に、九十四株ございます」


「じゃあ、あたしは留守番ですね」


「お願いいたします」


 ノラは、〈北〉の字を足で消されました。それから、また同じところに書き直されました。

【今日の花暦】


遠くから運んだ鉢は、一年目は保ちます。持ってきた鉢の土がまだ効いているからでございます。二年目に細り、三年目に枯れます。土の合わない場所へ植えた木が枯れるのは、たいてい三年目でございます。一年目に元気だったことは、根拠になりません。


 二十六年前に、南から四十鉢の薔薇が来て、三年で全部枯れました。そのあとに呼ばれたのが、薬師の娘だったアメリー様です。ここまでは、登記所にいた弁護士でも知っている話です。


 次回、北の丘でございます。二年目の堆肥を入れます。奥様は、南の言い回しについて、あの方に一つお願いをいたします。

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