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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第39話:四月十二日の、二十鉢

 四月十一日の夕方に、鉢を運び込みました。


 荷車で二度でございます。マイエル様が一台、貸してくださいました。二台で一度に運べます。ノラが一台、わたくしが一台。灰坂から王城の東門まで、二時間でございます。東門は式のときだけ開きます。


 大階段の下に、麻布を敷いて並べました。左右に十ずつ。段の幅が四尺二寸。鉢の径が一尺一寸。二つ置いて、余りが二尺でございます。


 並べ終えて、一鉢ずつ見てまいりました。


 十九鉢は、開いておりました。五輪から七輪でございます。萼は下へ反っております。


 二十鉢目が、開いておりませんでした。


 蕾は六つ。いちばん大きいものの先が、少し割れております。割れてはおりますが、夜のあいだに開くとはかぎりません。四月の夜は、まだ下がります。


 これは、三月十日に地から移した六株のうちの一つでございます。移したとき、いちばん蕾が多うございました。十六。落ちたのが六。残り十でしたが、そのうち四つが小そうございましたので、摘みました。


「奥様」


「はい」


「これ、明日の朝、開きますか」


「わかりません」


「予備、ないですよね」


「ございません」


 わたくしは、しばらくその鉢を見ておりました。


 東門の内側に、道具小屋がございます。式部の書記の方にお願いして、そこを一晩お借りいたしました。火は使えません。王城の中でございます。


 かわりに、麻布を三枚重ねて、鉢ごと包みました。鉢の下に板を敷きます。石の上に直に置きますと、下から冷えます。


 包んで、上を開けておきます。閉じますと、朝に蒸れます。


 わたくしとノラは、その小屋で夜を明かしました。二時間ごとに布の中へ手を入れて、温度を見ます。手の甲で見ます。手のひらは、こちらが温こうございますので、分かりません。


 三時に、いちばん大きい蕾の萼が、二枚下がりました。


 五時に、四枚。


 六時十分に、五枚とも下がりました。開いておりました。白でございます。花弁は二十六枚。縁に色はございません。


 ノラは、しゃがんで、下から見ておられました。


「奥様」


「はい」


「萼、五枚とも反ってます」


「正しく開いております」


 六時半に、二十鉢を階段へ並べ直しました。並べ直すのは、夜のあいだに向きが狂うからでございます。花の正面を、上がってくる方に向けます。


 式は、十時からでございました。


 わたくしどもは、階段の下の脇に控えておりました。奉納の者は、式のあいだ、そこにおります。段の上は見えません。見えるのは、人の脚だけでございます。


 叙勲を受ける方が十九人。名を呼ばれて、段を上がって、また下りてこられます。一人につき二分ほどでございました。下りてこられる方は、みな階段の端を歩かれます。鉢の側でございます。裾が鉢に触れることが三度ございました。花には当たっておりません。


 鉢を階段に置くときは、花の高さを段の高さより低くいたします。人の裾は段の高さで動きますので、花より上を通ります。これは前の年の十一月に覚えたことでございます。あのときは、上から二段目で一輪落ちました。


 叙勲は一時間ほどで終わりました。人が引いたあと、片づけまで少し間がございます。


 そのときでございます。


 階段の上から、殿下が下りてこられました。侍女の方が二人。ほかにはどなたもおられません。


 わたくしは、頭を下げました。


「灰坂の」


「はい」


「二十、ありますね」


「二十でございます」


 殿下は、いちばん下の鉢の前で止まられました。二十鉢目でございます。


「これだけ、花弁が二枚多い」


 わたくしは、顔を上げました。


「二十六枚でございます。ほかは、二十四が十二鉢、二十五が七鉢でございます」


「なぜ、これだけ多いのですか」


「地から移した株でございます。移すときに、土を一尺五寸ぶん、そのまま持ってまいりました。根を切っておりません」


「切らなければ、多くなりますか」


「多くはなりません。減らなかっただけでございます」


 殿下は、少しのあいだ、その鉢をご覧になっておりました。


「灰坂の」


「はい」


「白いのは、アメリーではありませんね」


「アメリーではございません。母から受け継いだ系統でございます」


「アメリーは」


「三月一日に、八十九株、王城へお返しいたしました」


 殿下は、そこで初めて、こちらをご覧になりました。表情は変わりませんでした。ただ、少し長く、こちらを見ておられました。


「返した」


「はい」


 それから、殿下は階段の上のほうへ目を戻されました。


「灰坂の」


「はい」


「あなたの帳面は、まだ二冊ですか」


 わたくしは、答えられませんでした。


 花暦を二冊に写すと決めたのは、十二月十三日の夜でございます。灰坂の納屋で、ノラと二人でございました。誰にも申しておりません。


「……二冊でございます。写しの途中で、いまは五十一枚まで進んでおります」


「そう」


 殿下は、それだけ仰いました。


 侍女の方が扇を上げられて、殿下は階段を上がっていかれました。裾が段を二つ、擦りました。


 わたくしは、頭を下げたままでおりました。


 ノラが、横から小声で仰いました。


「奥様」


「はい」


「いま、帳面って言いましたよね」


「仰いました」


「奥様の花暦のこと、なんで知ってるんですか」


 わたくしは、二十鉢目を見ておりました。朝、六時十分に開いた花でございます。日が上がって、縁が少し透けておりました。


「存じません」

【今日の花暦】


夜のあいだ鉢を包むときは、上を開けておきます。閉じると朝に蒸れて、開きかけた花弁が張り付きます。張り付いた花は、その日のうちに縁が茶色くなります。寒さより、蒸れのほうが早く効きます。


 二十鉢のうち十九は前の日に開いていました。残りの一つが開いたのは、当日の六時十分です。奥様とノラは、道具小屋で一晩、二時間ごとに手の甲を布へ入れて過ごしました。


 次回、奥様は二十六年前の話を調べに参ります。殿下がなぜ花暦のことをご存じなのかは、まだ分かりません。分かるのは、南から来た四十鉢がどうなったかでございます。


 ブックマークと評価は、苗の土代に充てさせていただきます。

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