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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第37話:返した株が、動きません

 三月十五日から、毎晩でございます。


 夕方に六株を納屋へ入れます。一つ二人がかりで六往復。火鉢を二つ、鉢の列から三尺離して置きます。近づけますと、そちら側の土だけが乾きます。朝に外へ出します。また六往復でございます。


 鉢が重うございますので、途中で置いて持ち直します。十日ほどでノラが持ち方を変えられました。腰で受けて、腕は添えるだけ。わたくしより上手でございます。


 三月二十日に六株のうち二株が葉を落とし始めました。移したのが三月十日でございますので、十日目でございます。落ちたのは下の葉から、一株につき七枚と九枚。三割には届きませんでした。


 三月二十九日から水を止めました。四月一日に戻しました。戻した日の夕方に蕾の先が少し割れたものが三つございます。


 残りの十四鉢は外に置いたままでございます。こちらは動かしません。動かすと株が場所を覚え直します。覚え直すあいだは伸びません。二十鉢のうち六鉢だけを動かすのは、そのためでございます。動かす六鉢は、もともと移したばかりでございます。もう一度動かしても、増える手間は同じでございます。


 四月十二日まで、あと十五日でございました。


 三月二十八日でございました。ユアン様が灰坂へ来られました。二度目でございます。


 その日は非番ではないと仰いました。昼のあいだの使いで外へ出て、そのまま坂を上がってこられたのだそうでございます。前掛けのままでございました。


「エルシャさん」


「はい」


「八十八のうち、芽が動いているのが十一です」


 わたくしは、手を止めました。


「今日の数でございますか」


「今朝、数えました」


「十一」


「はい」


 三月一日に入れて、二十八日でございます。この時期でしたら、七割は動きます。六十以上でございます。


「三棟目でございますか」


「三棟目です。全部そこに入れました。台の奥二列と、床にも並べました」


「床」


「台が足りませんでした」


 わたくしは床という言葉を聞いて、少し考えました。


「床は、石でございますか」


「石です」


「夜、どのくらいまで下がりますか」


「僕が測りました。一昨日の夜で、外が三度、床の上が四度、台の上が七度です」


「三度でございますか」


「三度です」


 台の上と床では、三度違います。三度は、この時期には大きうございます。根が動き出すのは六度からでございます。床に置かれた鉢は、まだ冬でございます。


「水は」


「毎日です。全部の鉢に、同じだけ」


「毎日」


「はい」


「締めて掘った根に、毎日はいけません。根が水を探しに行かなくなります」


 ユアン様は、前掛けの端を握っておられました。


「言いました」


「どなたに」


「監督官に。三日前に。床の鉢だけでも台に上げましょうと」


「なんと仰いましたか」


「輸送と天候である、と」


 わたくしは、油紙をたたんでおりました。手が止まりました。


「輸送」


「二月末に掘って、三月に運んだから、株が疲れているのだと。それと、今年は春が遅いのだと」


「今年は、遅うございません」


「はい」


「灰坂の株は、平年より三日早く動いております」


 ユアン様は、うなずかれました。それから坂の下をご覧になりました。


「エルシャさん」


「はい」


「あなたが書いた紙、あれ、まだお持ちですか」


「持っております」


「……いえ。すみません。何でもありません」


 ユアン様は、それだけ仰って、帰っていかれました。


 夕方、ノラが六株を運びながら聞かれました。


「あの人、なんて言ってました?」


「八十八のうち、動いているのが十一だそうでございます」


 ノラは、鉢を置かれました。腰で受けたまま置かれたので、音がいたしました。


「十一」


「十一でございます」


「三月に入れて、いま十一ですか」


「はい」


「奥様、それ、あと二か月で何本残りますか」


「わかりません」


「わかりますよね」


 わたくしは、油紙を納屋の壁へ掛けました。


「半分は、越えます」


「枯れるほうが、ですか」


「枯れるほうが、でございます」


 ノラはしばらく鉢の縁を持っておられました。それから、わたくしのほうを向かれました。


「奥様」


「はい」


「あの紙、あたしが持っていきます」


「受け取られません」


「二回断られたのは奥様です。あたしは、まだ一回も断られてません」


「ノラ」


「あたし、字は読めないですけど、渡すのは読めなくてもできます」


 わたくしは、少し考えました。


「四月四日でしたら、こちらの手が空きます」


「四日ですね」


「はい」


「行きます」


 その夜、火鉢の炭を足しながら、八十九の番号を思い出しておりました。床に並んでいるのは、たぶん三度目の荷でございます。二十八鉢。最後に運んだ分が、いちばん下でございます。


 三度目の荷には、七年前の株が入っております。いちばん最初に接いだ株でございます。台木が太く、接いだところに瘤がございます。去年の六月に蕾を二十九つけました。ノラが覚えている株でございます。


 その株は、床でございます。


 わたくしは、炭をもう一つ足しました。それから火鉢の位置を三寸だけ動かしました。ノラが横で寝ておられます。夕方から夜まで働くと、九時には眠られます。十六の子でございますので、それでよろしいのです。

【今日の花暦】


根が動き出す温度は六度でございます。五度では動きません。石の床に置いた鉢は、夜のあいだ床の温度になります。台の上とは三度違います。三度は、春には二十日ぶんでございます。冬の鉢を置く場所は、屋根より床で決まります。


 監督官は嘘をついていません。輸送で株が疲れるのも、春が遅い年があるのも、どちらも本当のことです。ただ、今年は遅くありませんし、疲れた株は二十八日あれば動きます。本当のことを二つ並べても、原因にはなりません。


 次回、ノラが王城へ参ります。門で待つ時間の話でございます。

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