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夫が浮気しましたので、庭ごと出てまいります  作者: 桜井花恋


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第36話:九十四株で、間に合わせます

 三月二日から、叙勲の仕込みでございます。


 残ったのは九十四株。そのうち白が五十三でございます。母から受け継いだ系統でございまして、アメリーとは別のものでございます。花は白で、縁に色は入りません。花弁は二十四枚から二十八枚。アメリーより小そうございます。香りは強うございます。


 花期は五月でございます。切り戻せば九月にもう一度。四月十二日は、一月早うございます。


 一月早めるやり方は三つございます。地の温度を上げる。夜の冷えを切る。水を一度止めて、戻す。三つを順にかけます。


 二月から、鉢は夜だけ油紙をかけておりました。夕方にかけて、朝に外します。かけたままにいたしますと、日中に蒸れます。この作業は毎日でございますので、雨の日も風の日も外しません。二月に二十九日、朝と夕方で五十八回でございます。


 三月に入ってから、昼の位置を変えました。納屋の東側から、南の石の前へ移します。二月に据えた北の風よけの石が、日を返します。石の前は、二尺のところで一度ほど暖こうございます。


 問題は数でございました。


 鉢が二十一。うち白が十四。要るのは二十でございます。六株、足りません。


 地の列から六株を移します。三月十日に決めました。


 やり方は、掘るのではございません。切り取るのでございます。株の周りを二尺の丸で、真下へ一尺五寸まで鋤を入れます。それから、下を横に切ります。土を丸ごと持ち上げて、そのまま鉢へ入れます。根は一本も切りません。切らないかわりに、重うございます。一つで二人がかりでございました。


 鉢は、径一尺四寸のものを六つ、マイエル様に焼いてもらいました。四日で焼き上がると仰いましたが、五日かかりました。


 選ぶのに、半日かかりました。地の七十三株のうち、白は三十九ございます。そのうち、三月に動かして四月に咲く見込みのあるものは限られます。見るのは三つでございます。前の年に切り戻した高さ。冬に伸びた枝の数。根元の太さ。


 三つが揃っているのは、八株ございました。八のうち二株は、五列目でございます。五列目は去年埋め戻したところで、土が締まっておりません。土ごと持ち上げると崩れます。ですから、六株になりました。


 選ばずに済んだのは、それが理由でございます。ちょうど六でございました。


 三月十日、六株を移しました。朝の五時から始めて、終わったのは日が落ちてからでございます。


 最後の一株を鉢に据えたとき、ノラが仰いました。


「奥様」


「はい」


「これ、根を切らなかったら、株は移ったって気づかないんですか」


「気づきます。三日ほどで気づきます」


「気づいたら、どうなるんですか」


「葉を落とすものがございます。三割は落とします」


「落としたら、咲かないですよね」


「落とした分だけ、蕾が減ります」


 六株には、それぞれ蕾が十一から十六ついておりました。合わせて八十一。三割落ちれば、五十六でございます。二十鉢に必要なのは、一鉢に五輪でございますから、百輪。


 足りません。


 わたくしは、その晩、花暦を十五年ぶん繰りました。四月に白を咲かせた年が、三度ございます。十一年前、七年前、四年前でございます。三度とも、伯爵家の丘でございました。丘は南向きで、風が抜けません。灰坂は西風が入ります。


 三度の記録を並べて、日付を数えました。油紙をかけ始めた日から、咲いた日まで。五十六日、五十二日、五十九日でございます。中を取って、五十五日。


 三月十日から数えますと、五月四日でございます。


 二十二日、遅うございます。


「ノラ」


「はい」


「四月十二日には、間に合いません」


 ノラは、鉢の縁に手を置いておられました。


「じゃあ、どうするんですか」


「もう一つ、やり方がございます」


「なんですか」


「水でございます」


 わたくしは、花暦の四年前の頁を見ておりました。その年、四月に咲かせたときに、一行だけ余計なことが書いてございます。


 ――三月二十九日より水を止む。四月一日に戻す。蕾、四日早し。


「三日止めて、戻します。四日早くなります」


「四日じゃ足りないですよね。二十二日ですよね」


「もう一度止めます。四月三日から六日まで。合わせて八日」


「まだ十四日足りません」


「夜を切ります」


 わたくしは、納屋を見ました。


「六株を、納屋へ入れます。夜だけでございます。火鉢を二つ置きます。三月十五日から四月十日まで、毎晩でございます」


「毎晩、運ぶんですか」


「毎晩でございます」


「一つ二人がかりですよね」


「二人がかりでございます」


 ノラは、鉢を六つ見比べておられました。それから、両手を腰に当てられました。


「奥様」


「はい」


「あたし、朝は五時からって言いましたけど」


「はい」


「夜も、やります」


 その夜、火鉢を一つ、納屋へ運びました。もう一つは、ドレーゼ夫人にお借りする手紙を書きました。


 書きながら、王城の八十九株のことを考えました。三棟目でございます。夜の温度を、庭師が見ておられると仰いました。測ってはおられません。


 三月一日に入れて、四月まで一月ございます。


 あの棟で最初に動くのは、根を締めて掘った鉢のほうでございます。締めた根は、水を早く吸います。早く吸って、早く乾きます。

【今日の花暦】


花期を早めるやり方は三つでございます。地の温度を上げる。夜の冷えを切る。水を止めて戻す。三つ目がいちばん効きますが、株を痛めます。使うのは年に一度まででございます。二度使った株は、翌年の花が小そうなります。


 奥様はこの回で、二度使うと決めました。三月二十九日と四月三日でございます。翌年の花が小さくなることは承知の上です。翌年の階段は、また別の株で組む算段になります。


 次回、王城の八十九株が動きません。三月に入れて、四月になっても芽が動かない。監督官は「輸送と天候」と仰います。

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